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「失楽園」

第二部...6
 かつ、と室内を一歩踏み出すと、リリーナは小さく息をついて窓の向こうを眺める。
 視界の先には相変わらず巨大な都市が見えて、昨日行われた会談であれが第3新東京市と言う名を持つ都市なのだとは知っていたけれど、どうしても現実味が湧かない。
「リリーナ様、そろそろ授業のお時間です」
「そうね、パーガン。有難う」
「本日からはあのネルフからの留学生が学園の授業に加わるとか。リリーナ様は誠意を以って三人もの留学生の受け入れを決意されましたが、まさか彼らが憂鬱の種になる様なことは有り得ないのでしょうか」
 心配そうな執事のパーガンの声に、リリーナは振り返るとそっと笑う。
 ひどく大人びた微笑みはとても十五とは思えない落ち着きに満ちていたけれど、彼女が現状に不安を抱いていない筈がなかった。
 突然の異常事態。
 ネルフと呼ばれる組織の登場は財団にいらぬ危惧を抱かせてしまった様だし、何よりネルフが本当に信頼に値する組織なのか誰にも分からないのだから。
 ヒイロ・ユイが入手したデータに、リリーナを眼を通している。
 確かに俄かには信じられない内容がそこには用意されていたから、ネルフ側から申し込まれた会談に当初困惑したことは確かだった。
 それでも会談は無事成功。
 現れた司令代理の葛城ミサト三佐は好感の持てる人物で、何より話し合いはとても無難な方向へと進んでいたのだ。
 なのに、この気持ちは何?
「パーガン。貴方は感じませんか。何だかとても不思議な気持ちになる……」
「は?」
「何か大変なことが起こっているのに、まだ誰もその事実に気付いていない様な。そんな予感がするのです。この胸騒ぎはあの第3新東京市から生まれている様な気がする……なんて言ってはいけないのね。少なくともこの私は」
 小さく吐息すると、リリーナは今度こそ身支度を整えた。
「……出ます。編入生の紹介もありますから、今の内に」
 心配しないで、今の言葉は忘れて頂戴。
 瞳で語るリリーナに、パーガンも言葉を呑み込むしかなかったのだ。
 そう。
 確かに彼もこの奇妙な違和感を感じていたのに。




 結局食欲はないまま、ほとんどスープだけ飲んで食事を終えたシンジは、ふと誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。
 自分達が陣取っているのは食堂の一番東側だったから、左を見ればもうそこには壁と柱があるばかり。
 人が居るのは当然右で、今出て行ったばかりのカトルとトロワはそこにいなかったけれど、もし声が聞こえたのならそれは真正面か、遠く右側から聞こえてくる筈だった。
 けれど声は。
 左、から。
 シンジはそっとそちらを見た。
 かなり高い天井近くの位置にある窓から陽光が差す中、そこはしっとりとした陰を含んで静かだった。
 かすかに冷気すら流れてきそうな場所。
 誰もいないことを確かめてまた視線を戻そうとしたシンジは、けれど視界の端に映った何かに気を取られて再び左の壁際を見る。
 不意に、影が流れた。
 淡いグレーの髪の後ろ姿。
 制服だけれど、それはこの学園のものじゃない、もっとシンプルな。
「……ル、くん……?」
「どうしたんだ、シンジ。何かあるのか?」
 脳裏に浮かんだ名前を口にした時、様子に気付いてデュオが身を乗り出してきた。
 その声にようやくシンジは我に返って茫然とする。
「あれ。いま僕、何か言ったかな」
「おいおい、大丈夫か? ……なあ、そろそろ時間なんだけど、カトルもトロワも戻らないみたいだし先に教室に出とかないか」
「あ、うん」
「よーし。んじゃほら、ヒイロも。行くぞ」
 掛け声をかけるデュオに不機嫌そうなヒイロの顔。
 その様子を見てから、シンジは再び壁を眺めた。
 冷たい静かな暗がりを。
(……誰もいない。見間違い、だったのかな)
 それに。
 今自分が、何と言ったのか。
 つい今しがたのことなのに、もうすっかり思い出せなかった。






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