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「失楽園」

第三部...2
「そらほんまかいなケンスケ!」
「馬鹿、声が大きいトウジっ」
 がしっと頭を掴まれたトウジは、そのまま机に顔を押さえ付けられて沈黙する。
 しばしののちに復活、何すんねんこのアホぅっと叫びかけるも今が授業中であることを思い出し、震える拳はそのまま机の下に隠れる形となった。
 物音に空席の目立つ教室の中、数人のクラスメイトが振り返り、教鞭を取る先生までいぶかしげに眼鏡の奥の瞳をぱちくりさせている。
 けれど話し出すと長い担任・数学教師は常にのんびりとしていて、普段から激昂することがほとんどない……と言うのが幸いしたらしい。
 二人の様子に気付いているのかいないのか、少しばかり話を途切らせた後すぐにセカンドインパクト直後の苦労話がやたらと反響の良くなった教室に流れ出した。
「ケンスケ、後で覚えとけよ……」
「そんなことよりシンジ達だよっ。これは超レアな情報なんだけどさ、例のホラ、あそこに見えてるアヤシー建物。あっちに転校したらしいんだよね、三人共」
「そやけど何でそれやったら、俺らに連絡入っとれへんねん。シンジの奴もそないな事、全然言うとらへんかったぞ」
「そこなんだよ。俺達にも話せなかったってことはやっぱり、上からの命令で動いてるんじゃないかってコト」
「上て……」
「ネルフに決まってるだろ。急に気温が変化したこないだの朝のこと、覚えてる? 何かヘンな奴が委員長と一緒にいたじゃない。アイツも怪しかったし、こいつはマジでおかしなことになってのかも知れないよ」
 本当ならもう随分と昔に四季を失った日本。
 けれど数日前から続く気温低下は無視出来ない程で、疎開の関係で十にも満たなくなった生徒達のほとんども引っ張り出してきたらしいカーディガンやセーターを身につけていた。
 学校側も制服以外の洋服の着装の許可を早々に出していた為、今では制服姿の生徒の方が珍しくなってしまっている。それまで目立っていたジャージ姿のトウジなどが逆に地味に見える程だ。
 いつも開け放たれている窓はすっかり閉じられ、冬めいた灰色の空が広がる窓の向こうでは、白い息を吐く体育の授業中の生徒の姿が幾つも見られた。
 窓際に一つ空いた席は綾波レイのもので、姿を消した生徒の中には三人の“選ばれた”子供達も含まれているのだ。
 碇シンジ、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー。
 元々使徒の攻撃などの関係から突然登校して来なくなる生徒の多いこの学校では、転校で出入りする生徒達の紹介等が一切ない。
 それでも親しい友人の間でなら前々から転校の話題が出ているだろうから、今回のトウジ達の様な困惑が生まれる必要もない筈だった。
「おかしなことて何や。最近はこの辺りも平和なもんやし、困ったこと言うたら気候の変化くらいのもんちゃうんか?」
「本気で言ってるの、それ。まぁあの三人が授業に出て来ないのは今に始まったことじゃないけどさ、マジで転校ってことになってんならオオゴトだよ。エヴァのパイロットが揃ってヨソの学校に出されたってことなんだからさ」
 興奮気味のケンスケに、それでもトウジはハテナマークをちらちらさせている。
「……つまり?」
「つ・ま・り! この第3新東京市にまた敵が現れても、あの三人はすぐにエヴァに乗れるのかってことが問題なんだよ。この近辺がどうも妙な景色に包まれてるってのはお前も気付いてるだろ? ケータイもベルも入んないって女子が騒いでたのも知ってるよな。ここだけが別の場所に移動しちゃってるんだよ。報道管制が敷かれたり一定区域が立入禁止になったりして確認のしようがないけど、逆にこれだけされてるなら間違いない。絶対にあの三人は偵察に出されたんだ」
「それ、ホントなの!?」
 突如耳許に起こった声に、トウジとケンスケはびくっとして凍り付いた。
 そろそろと振り返れば案の定、そこには委員長……洞木ヒカリの姿がある。
 いや、それはまだ良いとして。問題なのは彼女が大判の参考書を今にも振り下ろすポーズでいたことだろう。
「うわっ、ちょっ、ちょいイインチョーっ、授業中やでっ」
「授業ならもうとっくに終わってるわよ。それより相田くん、今の話……」
「は、は、話すよ。話すからそれ、下ろしてくれないかな委員長」
 引きつる声に、ヒカリは我に返って頭の上に振りかざした参考書を見る。
 元々授業中に無駄話をしていた二人を叱るつもりで近づいていたことをはたと思い出したものの、そんなことよりとりあえずは今の話だ。
 ヒカリだって元々、アスカ達の突然の転校には釈然としないものを感じていたし、クラスの中でも一番の情報発信源であるケンスケの言葉はこれまでの経験上からも案外に信用の置けるものだと知っている。
「ね、皆が転校って、もう第壱中学校辞めちゃったってこと?」
「そこまでは分からないけど」
「それじゃ、アスカ達は今何が起こってるのかを知ってるってことなのかしら……」
「それや!」
 ぱん、と突如手を叩くトウジに、ケンスケとヒカリは目を丸くして背を逸らす。
「な、何」
「アイツらに聞いたらええんや。どうにかして連絡取ってやなあ、今どこにおるんか、何で今これだけおかしな雰囲気になっとるんかぜぇんぶな! エヴァのパイロットやったら事情かてある程度は知らされとるやろ」
「バッカ、その連絡をどう取るのかが問題なんだろ。情報管制の意味分かってる?」
「……あの景色が変わる場所の数キロ地点は全て閉鎖されてるのよ。ここから出られないし本当に皆があっちにいるのかも分からない、連絡の取りようがないわ」
「惣流て携帯電話持っとらへんかっ……」
「だからケータイ通じないんだって(ば)っ」
 ほとんどハモった二人の声に、トウジは言葉を失ったままぱくぱくと口を動かせた。
 何となく悔しいものの反論出来ない迫力が二人にはある。
 いや、トウジも決して不真面目と言う訳ではない、ちょっと論点がズレてるだけなのだ。
「そ、そやけどやなあ。あの時イインチョーと一緒におった怪しい奴は、平気で第3新東京市うろうろしとったやないかっ」
「アレは異常事態が起こった直後だったから、混乱しててまだそこまで警備も厳しく、」
 言いかけて言葉を呑み込む。
 そのまましばし沈黙したケンスケはふと顔を上げ、何事かと眺める四つの視線を光る眼鏡に反射させると、
「そうか……そうだよ、アイツがうろつき出した時は規制がなかったとしても、どこかに移動しようとしてた時にはもう閉鎖処置が取られてた筈だ! だとしたら例のあの中国人はまだこの第3新東京市の中にいる。それを捜せば良いんだっ」
「ど、どうやって」
「待ってよ。あちこちの交通機関の情報コレで見て、それらしい人物が引っ掛かってないか捜して見よう。第3新東京市内のデータなら覗けるかも知れないから」
 パソコンをいじり出したケンスケに、その様子をお祈りポーズで真面目に眺めるヒカリ。
 二人が作る陰の中ただ一人引いちゃってる状態のトウジは、余り気付いてなさそうな二人に、とりあえず、ぽつりと忠告の言葉をもらした。
「前から思っとったけどケンスケ、お前犯罪者の一歩手前行っとんぞ、ソレ」





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