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「失楽園」

第三部...4
「葛城三佐、諜報2課から連絡が入りました。外部の調査に向かった人員が戦況を把握、データを回して貰っています。今のところ外部のどの組織とも接触を持っていませんが、通達があり次第すぐにでも動ける状態にあるそうなんですが」
 第3新東京市地下、ジオフロント。
 ネルフ本部中枢・中央作戦司令室内部は、異常事態発生八十時間足らずが経過した今も尚軽い緊張感に包まれていた。
 恐らく第3新東京市内でも最も現状を掴んでいる筈の場所だろうに、内部のオペレーター達は初日からの勤務に続き、それぞれに納得出来ない思いに包まれている。
 第3新東京市内部で最も複雑な心境下にある面々、と言っても良かったかも知れない。
 司令塔第一発令所のメンバーも同様で、ネルフでも中心になってプライベートも何もない時間を過ごして数日、いつもなら「そろそろ洗濯物たまってますよねぇ」なんて会話が飛び出しそうな状況にありながら、今回ばかりは何となくそんな声も出ていない。
 司令と副司令が揃って留守だと言う事態にも要因はあるのだろう。
「一応待機って事にしといて。さすがにこうなるとやっぱ真剣に検討しないとマズイし」
「今までの対策は真剣な検討の結果ではなかったと言う訳? 葛城三佐」
「モチ冗談でパイロットを全員動かしたりはしないわよ」
 だるそうに呟くと、ミサトは肩をこきこきと鳴らして呻いた。
「こう言う事態はホントに専門外だし、イキナリ別世界に来たんなら同じ様に元の世界に戻ったりしないとも限らないじゃない?」
「安易ね。その割には簡単に三人を外にやったけど」
 手元の書類を覗き込む白衣の姿が闇の中に滂洋と浮かび上がる。
 全体的に薄暗い司令搭は機械音とキーを叩く音に包まれ、匂いまで冷たく堅いイメージがあったけれど、リツコの姿はいつもそんな空気に同化してしまっているのだ。
 それは勿論他のメンバーも同様の筈なのに、彼女が醸し出す独特の冷ややかさがこの時不思議とミサトの目についた。
 まるで他を拒絶している様な……否、自分を拒絶している様な冷たい顔。
「何?」
「……いえ。三人揃ってサンクキングダムに出したこと、もっと咎められるかと思ってたんだけど」
「熟慮の末の決断でしょう。作戦本部長は貴方よ、私に異論はないわ」
 これまでミサトに苦言を出していた過去をすっかり棚に上げた台詞である。
 目を細めてミサトはリツコを眺めた。
「熟慮、ねえ」
「あの」
 ふと遠慮がちな声がすぐ側で上がって、ミサトが見下ろせば不安げな伊吹マヤの顔がじっとこちらを見つめているのにかち当たった。
「何?」
「失礼ですが、使徒のことを考慮して一人でもパイロットに残って貰った方が良かったんじゃないでしょうか。事情が事情ですし、理解を求めることも可能だった様に思います」
 控え目ではあるが、さすがに意見はしっかりとしている。
 ミサトは吐息するとじっとモニターの一部に映るサンクキングダムの遠望を睨んだ。
「もし使徒が現れたとしても、その時ここに残った一人をエヴァで出せば、サンクキングダムに向かった二人の身の安全が保証出来ないわ。戦況がどう転ぶのかは誰にも分からないのよ。あっちは使徒を見たこともないんだし、仮にリリーナ・ピースクラフトが信頼出来る人間だとしても、彼女は確実にあの子達の身の安全を保証してはくれない。サンクキングダム自体が非常に危うい存在なんだもの、無理ないけど」
「大方の事情は知られてるなら、三人共人質に出した方が疑われない、ね。考え方次第では逆にも取れるけど」
「……異論はないんじゃなかったの?」
「これは意見よ、異論ではなく」
 きっぱりと返されて、ミサトは苦虫を潰した様な顔になった。
 リツコがあの決定に口出ししなかった本当の理由は、大体予想出来ている。
 それはミサト自身も咄嗟に考えてしまったことだったし、だから多分リツコを責める権利は自分にはないのだろう。

 もし、本当に使徒がここに現れたら。

 仮説でしかないけれど、多分使徒が現れる確率は“アダム”を失ったミサト達の世界より、第3新東京市自体のある「もとの世界」の方が高い筈だ。
 使徒とアダムとの接触はサードインパクトを引き起こし、そしてあの悲劇がもう一度繰り返されることをネルフ側は(恐らく)何より恐れている筈だった。
 だがそれがもしここで起こったら?
 サードインパクトが起こるのは自分達の住む地球では、決してない。
 地獄絵図が繰り広げられる舞台はこの別世界になる……つまり。
 あの地球が最後まで無事である、と言うことを、それらの事態は示唆しているのだ。
(確かに安易よね。人類補完計画の全容を知らない私の予想じゃ、たかがこんなもんだけど……もしここに司令が居たとすれば)
 彼は一体、どんな決断を下したのか。
 碇司令の不在を素直に喜べる程の楽天家ではない。
 それでもこの異常事態を司令がどう捕らえるのか、考えると少しばかり恐ろしい気もしてミサトは表情を暗くした。
「……葛城三佐、見て下さい」
 不意に起こった日向マコトの声に、ミサトは顔を上げた。
 没頭していた思考を無理に切り離してマコトの背後からコンピュータのディスプレイを覗き込む。
「何?」
「最新の“こちら側の世界”のデータ収集の直後ですから確認は出来ませんが、北海方向に不審な反応があります……観測所があれば何とかなるんですが」
「どうせ異世界に入り込むなら施設の方もセットで付いてきて欲しかったわね。……一番近い観測所使っても遠望確認、か。いいわ、出来る限り映して」
 切り変わるモニター。センサー等では確かに反応が出ているのだが、映像では遠くに揺れるそれを捕らえることも出来ない。
「こっちの世界で言う“モビルスーツ”とやらかしら」
「目標がこちらの防衛ラインに入るまで時間がかかりますね。どうしますか」
「……もしサンクキングダムに関わるものなら、我々は手出ししない方が良いんだろうけどね。だけど」
 もし、使徒なら。
 無暗にサンクキングダムと連絡を取るのはどうだろうか、どちらにせよ近いうちにパイロット達に招集を掛ける必要がある。
「非常招集は早い方が良いかもね」
「葛城三佐、サンクキングダム側から通信が入っています」
 青葉シゲルの声に、ミサトは思考を切り替えて腕組みになる。
 しばし考えた後、
「……つないで」
 答えたミサトの表情は、かすかにこわばっていた。






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