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「失楽園」

第四部...4
「例の“使徒”が地下に潜ってから三十分経過した。第3新東京市に何か変化は」
「ありません。通信も途絶えています」
「それどころじゃないんじゃねーの?」
「……あの物体が確認されてすぐにネルフと連絡を取ったが、詳細は得られなかった。本当なら何か変化があり次第こちらに通信が入る約束だったのだが」
「恐らく現在戦闘中なのでしょう。……このまま状況を静視するしかないなんて」
 それぞれの思惑を抱いて、モニターを食い入る様にして見つめる姿。
 ガンダムパイロット達四人とノインである。
 地下にある暗いコンピュータルームには数人のオペレーターが控えていて、けれど恐らくそこに集う面々は皆この手のプロばかりだったから、実を言うと彼らの説明なしにも現状把握は可能なのだった。
 ノインの第一声に続き一斉に口を開き出したパイロット達に、オペレーターの一人が緊張気味に振り返る。
「何故あの“使徒”と言う存在は、このサンクキングダムを横切りながら何の攻撃もせずに地下に潜ったのでしょう」
「ネルフ以外はアウト・オブ・眼中って奴だなぁ。フラれちゃったんじゃない?」
「デュオ。それじゃやっぱり、ネルフではあの三人が戦ってる最中ってことなのかな」
「データによれば、そうなる」
 ぼそ、と壁際で腕組みしながらモニターを眺めていたヒイロが、デュオに代わってカトルの問いに答えた。
 その声に、すぐ側にいたトロワも複雑な表情になる。
「不安定な精神状態の者も、中には居たようだが」
「アスカだろ? 迎えが来た時は元気になってたけど……どっちにせよ戦うしかないみたいだしな、あっちじゃさ」
 別れ際に胸を張って“あんた達はここでのんびりしてなさい”なんて言い捨てたアスカの顔が不意に思い出される。
 あれが本物の“元気”かどうかは怪しいものの、確かに彼女は戦うしかないのだ。入手したネルフに関するデータを見る限り、エヴァと呼ばれるあの決戦兵器に乗り込めるのは、未だ三人しかいないと言うのだから。
 戦えなくとも、現状がそれを許さないんだろうさ。
 そんな言葉を心中でもらすと、デュオは肩をすくめて見せた。
「どちらにせよ今の俺達には何も出来ないってコトだ。……そー言やヒイロ、お前良くMS出さなかったよな。俺てっきり独断行動に出ちゃってるもんだとばかり」
「そのつもりだったんだがな」
 呟いたきり、ヒイロは黙り込んでしまう。
 集まってからのヒイロはずっとこの調子で、ただでさえ寡黙だと言うのに、更に輪を掛けて口数少なくなってしまっているのだった。
 理由は分からないが、何やら思うところがあるらしい。とだけ周囲の面々にも分かったから、ヒイロ自身が語りたくなるまで強引に話を聞くつもりはない。
「でも、本当にあの“使徒”はネルフだけを攻撃目的にしているのかな。それに理由は」
「ネルフ側の説明では使徒の目的は不明となっていた。リリーナ様も不審がられてはいたが、使徒と言う存在が人ではない以上そう言った可能性もない訳ではなかったし、何より二つの世界の交わりの結果、使徒が再び現れるかどうかも分からなかったから」
 ノインの言葉に、カトルは更に表情を陰らせる。
「でも、使徒は現れた。こうなった以上、ことはネルフだけの問題では済まないでしょうね。プリンセスもネルフ側にもっと詳細な説明を求めることになる」
「……おい、ちょっと見ろよアレっ」
 突如起こったデュオの声に、一同は一斉にモニターを振り返る。
 その先では第3新東京市の地下から上空に向かって何か不思議な粒子が飛び散っているのが映し出されていた。
 まるで庭の散水システムが掃き出す水のようなその光景に、茫然と声を上げたのはヒイロだった。
「広がっている。サンクキングダムにも降り注ぐぞ」
「分析は出来るか? 有害なガス、その他の細菌兵器である可能性は」
「わ、分かりません。解析不能です。人体に有害な物質ではない様ですが……」
 オペレーターの答えはほとんど役に立たなかった。
 その間にも光る粒子はヒイロの危惧通り確かに、第3新東京市を中心にしてどんどん広がっている。
 人体に有害でなかったとしても、例えばMSに対して有害なものかも知れないのだ。ノインは更に注意深くオペレーターに告げた。
「分析を続けて、結果が出次第報告を。何よりこうなった以上、もう見ない振りは出来ないのだから……カトルの言う通りリリーナ様もサンクキングダム代表として、現状を放置してはおけまい」






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