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「失楽園」

第四部...10
 そんな訳で。
 サンクキングダムからの客人と案内役のレイが、ノインの強い希望により入部申請された王国側の車でネルフに訪れたのは、ミサトがシンジ達を呼びに来てからちょうど一時間が経過した後のことだった。
「ようこそ、ネルフへ。歓迎致します。レイ、ご苦労様」
 サンクキングダムからネルフへの移動手段は車を利用したカートレイン経由を取られることになった。
 ネルフの公用車を利用した訳ではないから、勿論運転手もサンクキングダムの人間で、レイだけがネルフ側の人間になる。
 しかし、ミサト達が到着した頃に、少し事態に変更があったことが判明した。
 同行者の一人の筈であるノインが、サンクキングダムにそのままUターンで戻ることにったのだ。
 原因は言わずと知れたドロシー・カタロニアの存在。彼女がノインに暗示して見せた様に、元首を欠いたサンクキングダムではロームフェラの介入を防ぎ様がない。パーガンがリリーナに後を頼まれて残ってはいたものの、それでももしもの時、防衛軍を動かせる人間が必要になる……それらの考慮の末、ノイン自らがサンクキングダムに残ることを希望したのだ。
 ただしネルフまでの道中、リリーナの安全をその目で確認することを決めて。
「君達が居れば案ずるには足りない、と思っている。どうかリリーナ様のことを頼む」
 レイにはあえて聞かれぬ様にそう告げられたガンダムパイロット達の反応は様々だったけれど、彼らが同様に頼りになる存在であったことは確かだったので、ノインは何とかサンクキングダムへの戻り道をたどることが出来たのだった。
「でも大変よね。内にも外にも敵がいるなんて、心労が絶えませんこと」
 早速嫌味を口にしたのはアスカ。
 並んでネルフ内部に入って進む面々は受け取ったばかりのネルフ歓迎パンフレットを目にしていたものの、言葉にさっと顔を上げる。
 無視したつもりが何故かデュオとばっちり目が合ってしまって、アスカは唇を引き結んだ。
 ここに着いて顔を合わせてから、一同はそれぞれ友好な態度で言葉を交わしていた。例えばカトルがミサトに対してネルフやエヴァについての専門知識について尋ねれば、トロワがその答えを分析してみたり。
 中でもデュオは一番気さくにミサトや自分達に話しかけていたのに、アスカ自身は何となく、彼と普通に視線を交わせなくて困っていた。
 それはやっぱりあの庭でのことがあった為なんだろうか……そう思って黙った途端、シンジの心配そうな声が飛ぶ。
「アスカ。またそんなこと言って……」
「いえ、惣流さんの言葉は事実です。ですがこちらも大変ではありませんか? あの様な敵を持つ立場だなんて」
「世界が変わっても結局は戦闘中だなんて、皮肉なものですね」
 リリーナの言葉にミサトのフォローが入った。
 空気は和まなかったものの、場がもつだけの言葉ではある。
「……でも不思議です。僕達は確かにお互い戦闘中の世界に存在しますが、様々な点で違いがある……とても対極に位置するまでの違いが」
 ナイス発言だ。カトルの言葉に更にムードが明るくなる。
 ここで駄目押しとばかりにデュオが合いの手を入れた。
「違いって何だ? あ、この場所のこととか?」
「はい。僕達の科学は空に新天地を求め、宇宙にコロニーを造った。そうして人類は宇宙に広がり無益な戦争が始まることにってしまったけど……でもここは地下世界にこんな建築物が造られているんですね」
「ここも特務機関ですし、使徒との戦闘の関係もあって地上ではなくこの場所が本部に選ばれた訳ですけれど……もともとここは古代遺跡でもあるんです。80%が土砂で埋め尽くされていますので、建築物もそれ程ありません」
「遺跡? そうだったんですか?」
「あれ、シンジも知らなかったのか」
「うん……綾波とアスカは? やっぱり知ってた?」
「……ええ」
「まあね。でもどうだって良いじゃない、そんなこと。ここがどんな場所であろうと人類決戦の砦ってことに代わりないんだから」
 素っ気ないレイとアスカの返事に、そうだね、などと気弱に返すシンジだった……。
「でも、僕達の世界の科学力じゃまだ宇宙空間で生活するなんて難しいし、だから科学の方向が違うって言うより水準の差じゃないかなって思う……よ。地下と宇宙の違いは」
「そうですか。でも本当に、」


*****


「全く正反対の方向に進んでいるのね。同じ様な文明でも、それを担う人間が違うとこうも全てが変わってしまうんだわ」
「え? 何のお話ですか、赤木先輩」
 司令塔第一発令所。
 伊吹マヤのオペレーター席について指示替わりのコンピュータ入力を行っていたリツコの突然の呟きに、思わず背後でその様子を眺めていたマヤが声を掛ける。
 けれどえ、と顔を上げた辺り、それはリツコの独白だった様だ。
「何が」
「今先輩、正反対の方向に進んでるだとか、担い手次第で違う文明の話だとか……」
「ああ……そうなの。少し考えていたのよ。私達が迷い込んでしまったこの世界と、私達の世界との違いを。
 こちらでは戦闘兵器をモビルスーツと呼びパイロットが操作して戦場に立つ。けれど中にはモビルドールと呼ばれる兵器もあって、それはパイロットを必要としないコンピュータ制御のモビルスーツなのだそうよ。
 エヴァが人造人間と呼ばれる非常に人に近い兵器であるのとは正反対、対極を成している」
「成程。確かにそうですね。でも私は……兵器を使って倒す相手が、自分と同じ人間であるのか、それとも使徒であるのか……その違いの方が気になります。とても大きな違いですよね、これって」
 マヤらしい言葉にリツコは小さく笑う。
「使徒も人間も大差ないわ。それに私達だって、いつ人間が敵に回るか分からない立場なんだから」
「え」
 小さな声はすぐ側にいるマヤにしか届かなかった様だ。
 その証拠に別のオペレーター席につくマコトやシゲルは何の反応も示さない。
「今のって、どう言う……」
 呟いたけれど、リツコはそのまますぐコンピュータのディスプレイに視線を戻してしまい……結局マヤへの返答は最後までなかった。
 ただマヤの心中に苦い不安だけを残して、その話題はしばしの間保留にされてしまうことになるのだ。






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