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「失楽園」

第四部...11
 一同がまず通された場所は、ネルフ本部ケイジ管制室でも作戦室でも司令塔でもなく、廊下に並ぶ数ある部屋の一室。
 歩く歩道の辺りから詳細を知らないシンジもどこに向かうのかと段々心配になってきたのだけれど(この辺りで「まさかミサトさん、皆をどこかに拘留するつもりなんじゃ」などと言う余計な心配をしてしまう所がシンジのシンジたる所以と言うべきか)たどり着いたそこが何の変哲もない……ただ大きなモニターや丸テーブルなどが並ぶだけの部屋だと知って、別の意味で心配になってしまった。
「ここで何をするつもりだ」
「貴方はヒイロ君ね。まずここでネルフについての説明を行おうと思います。それがリリーナさんの希望でもありましたし、詳細のないままネルフ内部を進んでも、皆さんには余りプラスにならないでしょうから」
 説明、と聞いて少しばかり不満顔だった面々の表情が変わる。それはほとんど感知しにくい変化だったけれど、気付いてミサトはきびきびとテーブルの上に用意されているディスクなどの束を手に取った。
「このネルフの設立理由などを説明する為には、この世界の実情も理解して戴かねばなりません。こちらに用意した資料は全てネルフの機密データによるもの、ガイド役は勝手ながら私が努めさせて戴きます」
「お仕事中に申し訳ありません、葛城三佐」
 丁寧に言って頭を下げるリリーナに、ミサトも合わせて口もとをほころばせる。
「ただ一つご了承戴きたいのですが、これが機密事項であると言う事実に代わりありません。どうかこの件については内聞に……それからしばらくの間はネルフ側からの監視が着くことになります、そのことについても合わせて納得戴ければ幸いです」
「監視なんかつかなくっても、機密事項もらしたりしないんだけど」
 デュオの言葉に、ミサトは残念そうに首を振る。
「御免なさい。規則なのよ」
 デュオの言葉に残念そうに首を振ると、ミサトは資料の中の八ミリをモニター近くにある投影機にセットし始めた。
 明かりが消える。
 ……室内にいる全員の人間が(シンジ達ですら)それぞれの様子で眺める中、最初にモニターに映ったのは地獄にも似た光景。
 束の間全員が息を呑む気配か室内に満ち、それはフィルムが進むたび深くなっていく。
 シンジ達も教材などで良く目にするそれは、けれど今まで見たものよりひどくリアルで思わず目を背けたくなる様な残虐な紛争のカットまであった。
 フィルムに合わせてミサトの説明が始まる。
 一九九九年に起こったセカンドインパクトの正体。そこには南極大陸で発見された謎の光の巨人の姿があったこと。この時こそが人類が使徒と呼称する物体と接触した最初の瞬間だったこと。
「ですが、公式発表ではセカンドインパクトの原因は大質量隕石の落下によるものとされています。現在もこの使徒の存在については報道管制その他の手段が取られ、民間人には知らされていません」
「何故秘密にする必要があったのですか? 人類全てに関わる危機であれば、ある程度の情報解放があってしかるべきだったのではないかと思うのですが」
「パニックを避ける為です。セカンドインパクト直後には世界各国で内乱が続き、ただでさえ混乱を極めていましたから」
 リリーナの質問に答えて、ミサトは更に説明を続ける。
「これらの使徒に対する為に結成された組織がゲヒルン、後のネルフです。我々は総力を尽くして汎用決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンを造り出しました。唯一使徒に対抗可能な存在を」
 がちゃ、と小さくドアの開く音がして、真っ暗だった室内に光が差した。
 振り返った面々はそこに人影を見つけてあっと声を上げる。
 顔を歪めたのはアスカとシンジ、その他懐かしそうに目を見開いたり相変わらずの無表情だったりと一同の態度はそれぞれ違ったけれど、そこに居る全員が彼を知っていることは確かだった。
「五飛!」
 ドアが静かに閉じ、再び部屋に暗闇が落ちる。
「俺も同席させて貰う。事前に説明は受けたが、構わないな」
「どうぞご自由に」
「ちょっと待ってよミサト、何でこんな奴にまで懇切丁寧に説明してやる必要がある訳?こいつってばネルフに侵入して来たんでしょっ!?」
 リリーナ達の出迎えの為五飛とは喧嘩半ばで別れていたアスカがまず非難の声を上げ、慌ててデュオが二人の間に割って入る。
「待ったっ! こいつ俺達の仲間なんだ、侵入したってのはちょっと印象悪いだろうけどまあ大目に見てやってくれよ、な?」
「仲間ぁ? 成程ね、それでこの性格。あんた達って皆ここを何だと思ってんのよ?」
「アスカ!」
 五飛が何か言うより早く、ミサトのきつい一声が飛ぶ。
 アスカはまだ何か言い足りなさそうにじっとミサトを睨んだものの、しばしの後渋々顔を背けた。
「……分かってるわよ。黙れば良いんでしょ」
 しん、とした空気が漂う中でさすが五飛の方も反論の言葉を呑み込んだらしい。ち、と舌打ちしてこれまたそっぽを向いてしまった。
 リリーナは心底の安堵を表情にし、カトルもまた同様。
 レイはいつも通り何の反応もなく、トロワとヒイロも仲間の登場にもほとんど顔色を変えず意識を資料の方に向けたままらしい。
 ただデュオだけが冷や汗をかきながら“セーフ”ポーズを取るのにシンジもようやく微笑むことが出来て、そんなほっとした空気が周辺に満ちたのを確認してから、ミサトは更に新しいテープに手を付けた。
「では続けます。次の資料を」
 白を映すモニターが点滅し、やがてセットされたばかりのフィルムが回り始める。
 自然そちらに集中する視線の中、けれどそこに映し出されたのは今までの統計データや歴史的映像ではなく、白い部屋でうずくまる一人の少女の姿。
 何だろうこれは、と思った途端、ゴシック体の文字がインサートされる。
“二○○二年。南極調査船・第一隔離部屋”
 少女の顔がアップになる。
 ひどく空ろな視線が病的で、乱れた髪やかすかに開いた唇が彼女の精神状態を語っている様だった……そう。彼女は何らか精神的ダメージを受けているのだ。
 だけど、とシンジはじっとモニターに見入る。その少女に見覚えがあると思ったのは気のせいなのだろうか。
 普通に考えればそれは有り得ないことだった。このフィルムはシンジにとって初めて目にするものだったのだから。
 フィルムは少女に向けられた幾度もの質問光景などを映し出していた。心理カウンセリングや男達の質問により、映像を見ていた人間全員に、少女がセカンドインパクト唯一の生き残りであることが知らされる。
 そうと分かっていく間にもシンジの引っ掛かりはどんどん強くなっている。
(やっぱり見たことがある、この顔……)
 時折映像を弾かせるフィルムは随分な古さを感じさせ、かたかたと言う音の中に、やがて少女の声が混じり出す。
 それまで一度も言葉を返さなかった少女に、研究員らしき人間が根気強く問いを繰り返した結果である。
 それはどうやらセカンドインパクト当時の様子についての細々な話の様だった。
 たどたどしい言葉で語られるセカンドインパクトの話がやがて終わる。映像もまた、いつの間にか終わってしまっていた。
「……セカンドインパクトについて、これでご理解戴けたことと思います。これより十五年間使徒は我々人類の前から姿を消し、そして我々の言うところの二○一五年、再び使徒の来襲が始まっています。
 これを撃退する為にマルドゥック機関より選出されたパイロットがここに居る三人、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー、碇シンジです。
 これまでの数回に及ぶ使徒との戦闘については彼らがエヴァを用いてのこととなります……他に質問はありますか?」
「そのエヴァンゲリオンについて知りたいと思うのですが、構いませんか?」
「勿論です、カトル君……だったわよね。この後すぐにケイジ管制室に向かうことになっていますので、そちらでE計画担当の赤木博士より説明があると思います」
「何だかオオゴトよね。全部書類説明じゃ済まないの?」
「細かいところがあるから、紙面上の説明だけじゃちょっちね」
 アスカへの返答は囁き声だったけれど、シンジにまで聞こえたから実際はそれ程小さな声でもなかった様だ。
 ……多分。







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