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「失楽園」

第一部....6
「……おいおい、マジかよ」
 遠く伺える戦闘の景色に、デュオは目深に被ったつば付きの帽子の向こうで苦々しい声を上げた。
 あの悪夢の月面基地から脱出して、ちょうど二週間がたつ。
 五人の博士によって改良の進んでいた愛機・デスサイズヘルは未だ完成を迎えず、取り合えずOZの内乱に乗じてL2コロニーまで逃亡したデュオは、そこで偶然サンクキングダムの噂を耳にして折り返し地球に来ていたのだ。
 何とか計算して危険の少ないポイントを選びデスサイズヘルを積んだシャトルで地球に降りたのは良いが、思ったより時間を食ったのは現在の地球がひどく複雑な組織関係図を結んでいた為である。
 完全平和主義を掲げるサンクキングダム王国を中心とした反ロームフェラ派。
 けれどそれに対するロームフェラ財団は現在二派に分かたれて対立状態になっている。
 その原因は現在軟禁中である旧OZ総帥トレーズ・クシュリナーダ。
 財団に背いた彼を未だ支持するOZ内部の部下達がトレーズ派を名乗り、旧地球圏統一連合と同盟を結んでいる……事態は更に、戦乱の色を増してしまっていた。
 自分達が一体何をすべきなのか、誰を倒すべきなのか。
 ともすれば見えなくなるその現状の中、デュオが地球に降り立つ決意をしたのは仲間達との合流を希望した為。
 時代の流れの一端となるサンクキングダムはあのリリーナ・ドーリアン……否、ピースクラフトが中心となっているのだと言う。
 連絡の取れない仲間達の中、どうにかヒイロとカトルらしき人物があの王国にいるのだと分かった所までは良かったのだが。
(ついた早々戦闘かよ。財団は表面上を取り繕う努力まで忘れちまったのか、それともあれが「たまたま」あの区域に迷い込んだのか、だな)
 サンクキングダム近辺で起こった戦闘には、幾つものモビルスーツの姿があった。
 だが良く目を凝らして見ると、それが一方的な攻撃だと分かる。
 しかもその攻撃拠点は近代装備された巨大な都市のようなのだ。
 あれもサンクキングダムの一部なのだろうか。そう思いつつもデュオは背後のシャトルを振り返った。
 隠密行動は確かに必要だが、これでは黙って見ている訳にもいかないだろう。
「ヒイロ達が本当にあそこにいるんなら、黙ってる筈もないんだけどなァ」
 一人ごちて、そのままシャトルに向かって歩き出した……途端。
 周囲に視線を配ったデュオは、自分の立つ崖の下を進む車を見つけて目を細めた。
 慎重に進む二台の車は確かにサンクキングダムに向かっている。
 けれどデュオが目を細めたのはそればかりが理由でもない。
 その車の中に見知った顔を認めた為だった。
「あいつ、トロワじゃねーか……!」
 揺れる車の後部座席に座る少年の姿。
 それは確かに、ノイン達の待つサンクキングダムに向かう、トロワ・バートンの姿だった。

 * * * * *
 当初モビルスーツ部隊の攻撃を受けた第3新東京市は事態を全く飲み込めずにいた。
 無理もない、使徒からの攻撃を目の当たりにした者があったとしても、この未知の存在から……しかも「人間」から、こんな戦争めいた攻撃を受けたことなどないのだ。
 元々報道規制の敷かれた中、使徒の存在についてさえ詳細を知ることもなかった一般市民は、それでも対使徒戦の時同様ネルフ側から出た警報に従って指定のシェルターに避難するしかなかった。
 けれど、それより程なくして第3新東京市の人々は思い知ることとなる。
 現在の自分達がいかに奇妙な事態に置かれてしまったのかを。





「市街地に到着した機体の後方より、更に数機の機影。双方の戦闘が始まっています」
 メインモニターに写し出された地上の戦闘状況に、青葉シゲルの声が重なった。
 ほう、と言うどよめき。
 苦い表情のミサトもその様子をじっと睨んでいる。
「……電波障害はこれのせいって訳か。使徒には見えないけど、どこかの企業の新製品って訳でもなさそうよねー」
 ミサトの呟きに背後にいたリツコが眉をしかめる。
 ミサトが皮肉って言ったのは、以前ミサトとリツコの招かれた某企業の新製品御披露目会の一件があったからだ。
 それでも皮肉る元気があるだけマシかも知れない、そう判断してリツコも声を合わせた。
「これだけ大がかりな仕掛けをして私達をだましても誰も得しないでしょうし、どうやら本当に超常現象の類にでも巻き込まれた様ね」
「アンタがそゆこと言っちゃう訳、真顔で」
「これだけ条件が揃えばね。SF作家も真っ青だわ」
「戦闘はまだ続いていますが、どうしますか」
 日向マコトが振り返って尋ねるのにも、ミサトはただ肩をすくめるばかり。
「現状を考えても、ここでエヴァを出すのは得策じゃないわ。完全に事態を把握するまで行動を控えた方が良さそうだし……戦闘が終わり次第状況を見て手を打ちましょう。なるべく控え目にね」
「葛城三佐、先程通信の入っていた“サンクキングダム”と敵対する組織との通信を受信しました。ご覧になりますか」
「見るわ」
 ゆっくりと歩み寄り、ミサトは身を乗り出してシゲルの手元のディスプレイを眺める。
 しばらく文字を追っていた瞳が幾度か瞬いて、
「……O.K。ここがもし本当に超常現象の末の状況って言うなら、どーもややこしい事態になってるってことだけは分かったわ」
「どう言うこと?」
「人間がいれば必ず起こる主張の違いの末の戦争ってトコね。簡単に判断してそんなトコだけど、こりゃホントに異常事態みたいだわー。世界情勢がまるで違ってる」
「つまり」
 リツコの表情が厳しくなる。
「このネルフだけが、本当に“別の世界にきてしまった”ってこと?」
 誰もあえて言わずにいた言葉を口にしたリツコに、オペレーターの面々も困惑した様子で振り返った。
 確かに状況が差し示すのはその事実で、それでもやはり信じようのないこの言葉は最新技術のただ中にあるスタッフを動揺させるばかり。
 誰がそんな超常現象を簡単に受け入れられると言うのか。
 沈黙の中、ようやくその疑問をぶつけてきたのは伊吹マヤだった。
「……あの、先輩。そんなこと、本当に有り得るんでしょうか」
「この戦闘が終わった後、この世界の人間と話すチャンスを設けた方が良さそうね。司令の判断をまず仰ぐ必要があるでしょうけど」
 まるで独り言の様に小さく言って、ミサトは唇を噛んだ。
 司令も副司令も未だ本部に到着していない。
 どころかその足取りすら掴めていないのに事態は急を急ぎ、今や司令の到着を待つ段階ではないのだ。
 先程ようやく司令室に到着したシンジ達に侵入者の話を聞いた。追ってはいるが、ネルフに侵入したその人物の手腕を考える限り結果は期待出来ないだろう。
 だがトレース結果それ程のデータがハックされた形跡もなく(聞いた話から判断して恐らく、その人物がほとんどデータを入手していない内にシンジ達が現れたのではないかと思われる)マギの解答からもこのネルフの超機密データが盗まれた心配もない様で、その分なら何とかネルフの本来の目的を隠し通すことも出来るだろう。
 シンジ達にはそのままケイジで待機して貰ってはいるが、この分では本当に、余程のことがない限りエヴァを出す訳にもいかない。
 侵入者が入手したデータいかんにしては使徒の存在すら隠さなければならないのだ。
「エヴァなんて未知の存在が突然現れたら、排除手段取ってきても無理ないか……」
「でも、その心配もなさそうですよ」
 伊吹マヤの言葉はミサトの呟きを案じた為のものでもない。
 確かにそれはその場に揃った一同全員の思いだったのだ。
 モニター上に現れた新たなロボットは、次々と第3新東京市を破壊していたロボット達を殲滅して行き、そして盗聴した通信が本物なら、後に残るロボットは殱滅された側のものよりも「話の分かる相手」の筈だったのだから。







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