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「神殿」

フィオイア・エリッタ
 私が巫女副頭になって二度目の『奉仕期間』が終了したのは、リディア・ノートンと言う名の候補生が亡くなってから、約三ヶ月後のことだった。


 神殿の外では既に春の訪れが芽吹き始める中、命を落とすことなく無事に神殿を後にした候補生の数は、三名。
 年によって差があることも珍しくないので、他と比較して「多い」「少ない」の判定は出来ないが、それでも今回の候補生の中にミケェヌ・シュビタが混じっていたことだけは、私にとって非常に意味のあることだったろう。
 ミケェヌ・シュビタは、三名の候補生の中でも最高成績を修めて、神殿を後にした。
 聖地画に運命を狂わされた人々の想いを、単に「羨ましいから」と言う理由だけで受けとめ、望まれた以上の成果を上げた彼女は、実に、予言の少女に相応しく振る舞ったわけだ。
 神殿の試練を乗り越えた者には、いくら国王と言えど無闇に手出しは出来ない。
 ルゼットス王が彼女の存在に気付いた時には、既に手遅れになっているだろう……不可能ではないが、そうたやすく試みることもできない暗殺のこと、そしてそれに付随する王の焦りを思うと、私はとても愉快だった。
 神殿を出る前に、彼女は私に約束を残して行った。
 いずれ時が流れ、いつか自分が本当に王座につくことになった時……その暁には、必ず私をその側に呼び寄せようと。
 だから私も約束した。
 彼女が本当に誰かの協力を必要とする時、私はどんな方法を使ってでも彼女の力になるだろう、と。
 果たして彼女が本当に予言の少女であったのかどうかは、今の段階では定かではない。
 それでもミケェヌは、わたしが抱いた期待に気付いていたのだろう……一つだけ、消すことの出来ない疑問を、いつまでも抱え込んでいた。
 疑問。
 それはリディア・ノートンの祖母が残した予言の内容、王を倒して新たな統治者となるべき者にあると言う、四つの傷のことである。
 彼女の身体にある傷は一つきり、それは普段周囲に余り頓着しない彼女が初めて顕にした「気がかり」でもあった。
 しかし彼女の疑問を何度も思い返すうち、やがて私は、奇妙な符号に気付いたのである。
 四つ。
 この数が意味するのは、本当に単なる「傷跡」なのだろうか? と。
 占師の予言とは、大抵の場合が抽象的な言葉で構成される。
 もし四つの傷と言う言葉が直訳されるのでなければ、私は彼女の周囲に「四」の数をたやすく見つけることが出来るのである。
 そうして、それはまさに、彼女の運命に通づる数でもあるのだ。



 神殿を出た者だけに許される聖広階段を登るミケェヌの姿を、私は思い出していた。
 薄く幾段にも連なる階段は、そのまま王宮の離れにある清めの間へと続いている。
 こちらに背を向けたその後ろ姿に、私はいつか、王の証である黄色のベールに彩られた部屋が重なるのを見た気がしたのだった。
 あれは私の期待が生んだ幻想だったのか、それとも。



 ……彼女はこれまでに三つの罪を犯している。
 一つ目は、スンガルの死。逃れようとしてナイフと石を使い、彼を殺した。
 二つ目が、キュルソーの死。火矢を受けて燃え落ちようとする小屋の中で、瀕死の状態にあった彼の首元を切り裂いて殺した。
 そして、三つ目。神殿でリディア・ノートンが神に喰われるように導き、最後には見殺しにした。

『ルゼットス王は無念のうちに命を落とし、一人の女に王座を奪われるだろう。その女王には四つの傷があるのだよ』

 もし彼女が、予言の通りにルゼットス王を討つのであれば。
 リディアの祖母の予言は、見事に的中したこととなる。


* * *


 ルゼットス神官王の御代、新たに神殿の試練を乗り越えて、王宮事務官の地位に就いた少女。
 その少女……ミケェヌ・シュビタの名が、血生臭い陰惨な歴史の到来と共
に刻まれることになるのは、これより僅か三年後のことである。



【了】






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