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「神殿」

リディア・ノートンF
 私は、ミネルバ教国リゼラ島の片隅にある小さな村で生まれた。
 過疎化が進んで住人の多くは町へと去り、後に残ったのは先祖代々の土地を守って暮らす老齢者ばかりと言う辺境の地である。
 早くから村を出た父や母と共に、私も町で暮らしていたが、やがてその両親も流行病で亡くなってしまった。
 その後、一人残された私は村に戻り、唯一の血縁者である祖母と生活を始めたのだった。
 両親を亡くした頃の私は幼く、環境の変化、村での暮らしにもすぐに慣れた。
 祖母は家の軒先に作った小さな畑を耕して私を育ててくれたが、何より生活の糧となったのは、祖母の本業である占術だった。
 教国の占術禁止法も、古くから呪術的な習慣やしきたりを守り続けていた村では通用せず、中でも祖母の雨振らしや豊穣の祈り、失せ物を探すまじないなどは、宗教をもって国を統治する神官王以上に重要視されていた。
 私は祖母のもとで畑の手伝いや学問をして過ごしたが、ある時、恐ろしい占術の結果を得たと言う祖母に呼ばれて、自身の運命をも左右する言葉を聞いたのだ。

『いいかいリディア。これは大切な占いだ。これからミネルバは大きな変革の時を迎える。次代の統治者は女王となるだろう』

 地方の村ゆえに許されていた占術でも、その対象が国家の未来とあっては、罪に問われても仕方ない。
 さすがの私も祖母の言葉に不安を抱いたが、祖母の熱心さは、私のいずれの思いにも勝っていた。

『静寂の神殿の試練を乗り越えた女王は、かつてない変革をミネルバにもたらす。国は大きく揺れ、沢山の人間が死ぬことになるだろう』

『……戦争になるの?』

『分からない。けれど、恐ろしいことは起こる。大きな闇がミネルバを包み込むのが見えるからね』

 私はぞっとした。
 暗く輝く祖母の占眼が恐ろしかったのだ。その瞳が映し出す光景が、見える筈のない私の脳裏にまで、まざまざと広がるようで。

『ルゼットス王は無念のうちに命を落とし、一人の女に王座を奪われるだろう。その女王には四つの傷があるのだよ。
 リディア、運命は変えられないが、それでもこの恐ろしい未来を、黙って迎える訳にはいくまいね』

 祖母の眼には強い覚悟の光があった。私や村の人間が幾らなだめても無駄だった。
 何故、突然そんな未来が見えたのか、それを見たのが何故自分だったのか、祖母は悩みながらもこう結論を出したのだ。

 私は命を賭してルゼットス王に注進しよう。四つの傷を持つ女に気を付け、どうかミネルバを守って欲しいと。

 こうして祖母は村を出、同行を断られた私も強引にその後を追って町へと出た。
 私はすぐに祖母に追い付き、結局は二人で数年かけて王城に近付く手筈を整えると、後はひたすら閲見の機会を待ったのだった。
 ……けれどその希望が叶う前に、市民の通報を受けた騎士達が、私と祖母を捕らえてしまった。
 私は神殿の装束の胸元を開く。
 そこにあるのは四つの矢傷。刑場に引き立てられる祖母にすがりつき、その身から引き剥がされる直前に刺さった処刑の矢傷だ。
 祖母は身体に五十本近くの矢を受けて死んだ。そうして、残された唯一の身内である私もまた、重罪人としての判決を受け、静寂の神殿に送られることになった。
 だから私は誓ったのだ。
 胸の矢傷が四つであることも、私の処遇が入殿であることも。
 ……決して偶然では、ないはずだ、と。
(祖母の言葉に耳を傾けず、私達の未来を奪った冷酷な王。それほどまでに自らの治世を過信するのなら、今度は私がお前を倒す新王となろう。お前の為に付いた四つの傷をもってミネルバを統治し、大きな変革と恐怖とを、この国にもたらしてやる)
 復讐と呼ぶには余りにもほの暗い誓い。
 祖母が生きていたら、私のこの決意をどう思ったろうか。







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