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「感謝祭(カーニバル)」

【11】
 銀の燭台から蝋燭の炎がこぼれ落ちる書斎で、レンドルはその人物を出迎えた。
 警護の人間をぎりぎりまで削り、自らを飾りたてるものの一切を遠ざけてシニョン入りしたその人物は、室内に足を踏み入れるなり、恭しく頭を下げてきたレンドルにはっきりと頷いてみせた。
 室内のカーテンは閉め切られており、外を照らす筈の正午の陽光は、室内にまで届かなかった。
 蝋の溶ける匂いの中で、ただレンドルの銀の髪が浮かび上がる様に見えている。
「ようこそおいで下さいました、我らが指導者」
 彼の宛然とした笑みは、常になく残忍で凶暴な輝きを内容していた。
 客人はまとっていたコートを脱いでソファに投げ出すと、その笑みに答える様に早足でレンドルに近付いた。
「支度は整っているな」
「はい。最後の設計図も揃い、協力者達のおおよその家には例のものが備えられています」
「そうでなくては困る。明後日には感謝祭だ」
 男は、レンドルが卓上に広げていた書類と手紙の束とを覗き込んだ。
 その上の一枚を見るなり、ふと意地の悪い笑みを浮かべる。
「成程、ヘルストックもうまく動いてくれているらしい」
「貴方からすれば完璧には程遠いのでしょうがね。これでも出来得る限りの速さで計画は進められていますよ」
「当然だ。感謝祭が始まりの合図なのだからな……今年の祭りは我々にとって、意味合いの違うものとなるだろう」
 眼鏡を押し上げる男の仕草に、レンドルは笑みを薄くして頷いた。
「機会を逃せば後がない、それはこちらも承知しています。女王陛下の刺客もまた、このシニョンに現れていますし……」
「時間がない、と急かすつもりはない。私は完璧な結末が欲しいだけだよ」
「完璧な計画と完璧な準備、そして実行に移されるべき変革」
 仰々しく言うと、レンドルは改めて男を眺めた。
「ご安心下さい。全ては時の流れと共に、真実は貴方に味方するでしょう。民衆はやがて貴方に感謝することとなる……右宰相殿の尊いご決断と勇気とに」
 にやり、と眼鏡の奥の瞳が歪んだ。
 蝋燭の炎に照らされ、やがて斑に染まった影が消えると、そこには神経質そうな男の顔が浮かび上がる。
 ミネルバ教国の三つの柱の一つ。未だ旅路の途中にある筈の、マイヨ・ゴレイール右宰相の顔が。








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