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「感謝祭(カーニバル)」

【16】
「それで? 何をしに来た、この家に」
 ……ネイナが階上に消えた後。
 階下に残された二人のうち、先にそう切り出したのはガゼルの方だった。
「あいつが設計士だと気付いたから、わざわざ近付いたんだよな。妙な連中をけしかけて王子様よろしく助けに入ったのも、手の込んだ芝居だったってわけか」
「それは違う。だけど君も人のことは言えないんじゃないか? 怪我をした居候と言うのは君のことだろう、聴覚障害の女の子を利用するなんて意地が悪い」
「死にたいか?」
 ネイナの前では改めているが、もともとガゼルは口の良い方ではない。
 イシリオン相手に罵声を吐くと、今度は静かに階段を下り始めた。
「仲間じゃないのは確かだから、お前が誰か、なんてことはどうでも良いんだ。けど確認はしておかなきゃな、このところ仲間が立て続けに死んでる原因はお前かよ」
 数分前に目と鼻の先の水路でミゼーレが殺されたことなど知るよしもなく、それでも静かに告げたガゼルの声には殺気があった。
 立ちのぼるその気配は、刺客と名のつく人間であればすぐに危険を察する程の獰猛さだ。
 しかしイシリオンは眼前の男の姿に怯えることなく、冷笑を浮かべた。
「僕の正体に興味がない? それは僕の台詞だ。仲間ではないのなら、いずれは君を殺すことになるんだから」
 死に行くべき人間の正体など、知ったことではない。互いにそう告げてから、二人は素早く凶器を手にした。
 ガゼルの両手には袋に重量物を詰めたブラックジャックとナイフとが、そしてイシリオンの手には毒のついた長針が。
 その時になってようやくガゼルは気付いた。長針を使う刺客。それではこの男がイシリオン・ガーゼイなのだ。
「まさかとは思ったけどな。ネイナには本名を名乗ったってわけか」
「偽名を使う必要はないから」
「成程、俺を始末した後に、散歩に誘ったネイナを殺すつもりなんだな。ガーゼイ家の人間は噂通りの手の早さだ……鮮やかすぎて、吐き気がする」
 イシリオンは笑った。散歩に行きたいと言ったのはネイナを惨劇から避けさせる為の口実でもあったけれど、本音でもあった。決して殺意を抱いてのことではないのだ。
 毒も裏もないネイナの側では、仕事が絡みさえしなければのんびりと穏やかな時間を過ごせる。真っ直ぐな好意はとても心地よかったし、庇護欲をそそる彼女と居ると、自分が少しはマシな人間の様に思えた。
 錯覚かも知れなかったし、言い訳かも知れなかった。それでもネイナと過ごす時間が決して苦痛ではないのは事実だったし、必要以上に彼女をこの件に巻き込みたくない、と思うのもまた、事実だったのだ。
 それをあしざまに言われて反論も出来ない自分……吐き気がする、と言うのは、実はイシリオン自身の心情でもあった。
「君はネイナをどうするつもりだ」
「どうもしない。お前と一緒にするなよ」
「だけど、ここに残れば無事では済まない。君も知っている筈だ、マイヨが何をするつもりなのか……」
「その前にそっちの雇い主のことを考えろ。あの馬鹿げた計画を実行に移せば、シニョンどころかミネルバ全土が滅茶苦茶になるぞ」
 イシリオンは針を背に隠した。
 それが構えだった。
「そこまで知っているのなら、確かに君を逃がす訳にはいかない様だ」








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