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「感謝祭(カーニバル)」

【19】
 仮眠を取った後、ウェズリは室内に人の気配がないことを不思議に思った。
 ベアブリスが深夜に町を出歩くことは知っている。あの仮面のお陰で、彼女は日が沈んだ後でないと町中を探索出来ないのだ。
 それにしても明け方近くなればさすがに宿に戻って居る筈なのに。
(何かあったのかな)
 すぐに支度を整えて、ウェズリは宿の外に出た。
 戻らない理由は幾つか考えられるが、恐らくは刺客に襲われて怪我をしたか、命を落としたか、それともマイヨに関する情報を入手して先走ってしまったか……のいずれかだろう。
 抜け駆けはナシにしようと決めてはいたものの、いざ目の前に有力な情報、或いは状況が用意されれば約束など何の意味もなくなってしまう。
 ウェズリだって多分そうだろうから、仮にそうした状況になっていても、ベアブリスを責めることはできない。
 しかし感謝祭を翌日に控え、シニョンの町はこれまでにない物騒な空気をはらんでいる。
(放ってはおけないか)
 溜息をつくと、疲れた手足を伸ばす様にして町へとくり出したのだった。
 しかし裏道をさまよい歩くうちに、ウェズリはある異変に気付いた。
 漠然とした感覚でしかないのだが、何やらシニョン全体に切迫した空気が感じられる気がしたのだ。
 それは町に集った刺客達が醸し出す不穏な気配ばかりでない、口では上手く説明出来ない不気味な何か……そうしてウェズリ自身、どこか覚えのある空気でもあった。
(嫌な感じだな)
 連鎖的に甦るのはろくでもない記憶ばかりだ。
 眉をひそめながら裏通りを歩いていると、今度はもみ合う様な物音と小さな悲鳴とが聞こえてきた。
 女の声だと気付いた途端、ベアブリスの姿が脳裏に浮かんだ。
 だから声の方角に向かって走り、そこで見知らぬ少女が男に襲われている光景を見て驚いた……見間違いでなければ、短刀を手に少女を襲っている男は他でもない、あのゼフィトス・ガーゼイだったのだ。
 すぐ側には警備兵らしき男の遺体も転がっている。
(あの子、民間人じゃないのか!?)
 ゼフィトスにのしかかられ、弱々しく抵抗する少女の姿に、ウェズリはそう判断した。
 助けなければと自然に思ったのは、やはり民間人を巻き込むことを忌避する意識が働いた為だろうか。
 ウェズリは大通りまで引き返すと、そこで数名たむろっていた警備兵に「裏通りで女が襲われている」と説明した。最初は乗り気でなかった警備兵達も、そのすぐ側に仲間が倒れていたと聞くなり、表情を厳しくしてウェズリの後について来た。
 果たしてガーゼイ家の人間相手に一般の警備兵がたちうち出来る筈はない。それでも彼らを捨て駒の様に呼び寄せたのは、残念ながら自分一人では少女を助けることは出来ないだろう、と判断したからだった。
 ウェズリは自らの力を過信しないが、それはこうした驕りが真っ直ぐ死に繋がる愚行であると知っているからだ。
 他人の力に頼ることは恥ではない……自分が十足らずの子供でしかないこと、それ故に利用出来る手があることを失念するよりは。
 ゼフィトスが警備兵達の相手をしている間に少女に駆け寄ったウェズリは、怪我を負った彼女が未だ命を取り留めていることを知ってほっとした。
 ぐったりした彼女を引きずる様にしてその場を離れ、血の跡を消しながら自分の宿に戻ろうとして、
(やっぱり、変だ)
 すぐに立ち止まって躊躇した。
 町に漂う気配は相変わらず不気味だった。ウェズリの中で警笛が鳴り響き、町の中心に戻ることを強く拒絶している。
 その時になってようやく気付いた……それは、村を焼き討ちにされた夜に感じた焦燥と同じだったのだ。
 シニョンの町には今、叫び出したい程の焦燥と圧迫とが満ちている。
 一人なら何とかなるかも知れない。しかし今はこの少女が居る。
 しばし悩み、血の気の失せた少女の顔を眺めたウェズリは、結局シニョン郊外にある宿を求めて移動を始めることにした。
 途中、井戸端で洗濯物を失敬し、少女の傷の手当を簡単に行うと、後は休みもせずに少女を引きずる様に抱えながら歩き出す。
 少なくともマイヨがシニョン入りするまであと数日ある筈だし、ここで戦線離脱してもすぐに引き返せば問題はないだろう。
 そう、ウェズリは自身に言い聞かせた。
 少女を宿に預けたらすぐに戻れば良いのだ。その後でベアブリスを探そう……。
 このウェズリの判断が、結果、ネイナと彼自身の命とを救う結果となる。
 郊外まで逃れた彼らは、後にシニョンを壊滅まで追い込む血の惨劇から免れた、最後の人間となるのである。







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