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「感謝祭(カーニバル)」

【21】
「ヘルストックが死んだ?」
 黒マントの男達が、隠し棚の奥から荷を運び出していた時。
 突如入ったその知らせに、レンドルは顔色を変えて仲間の諜報員を見下ろした。
「どう言うことだ。ミゼーレを送った筈だが、何故決起を目前にして……」
「屋敷の者は全員死んでおりました。目撃者はいません」
「恐らくはガーゼイの手の者の仕業だろう」
 静かに答えたのはマイヨだった。
 それまで荷の運び出しを眺めていたものの、廊下から聞こえるレンドル達の声を聞き咎めて、顔を出したらしい。
「この程度の妨害は予想範疇内だ。仕方あるまい、女王陛下も必死なのだろう」
「……一体どう言うことなの? 貴方達、何をするつもり?」
 シニョンの町の一角、黒マントに身を隠した男達を追って無人の屋敷に入ったベアブリスは、目の前に集うマイヨ達の姿を見ながら吐き捨てる様にそう言った。
 柱に縛り付けられたままではあるが、仮面の奥から覗く瞳は、弱まるどころかますます強く輝いている。
「本来であればまだシニョン入りしていない筈の貴方が、何故こんな真夜中に無人の屋敷に忍び込む必要があるの?」
「忍び込んだ訳ではない。シニョンは今や、いずれの場所も私の命を守る為の砦なのだ」
「砦?」
「そう、砦だ。女王陛下自らこの私をシニョンに送り込み、宣戦布告をしてきたのだからな。こちらも期待に応えねばなるまいよ」
 ベアブリスは眉をひそめた。
 マイヨの言葉の意味が理解出来ない。
「ベアブリス。お前は利口で美しい。そんな姿になって尚、その輝きに変わりはない。だからこそ私はお前を遠ざけようとはしなかった……それなのに何故、姿を消した?」
「……知れたこと。貴方を殺すためよ」
 万感の思いを込めた言葉だった。
 その台詞に、マイヨはいよいよ楽しげに笑った。
「そうだな、お前はそうした女だ。だからこそ、その美しさは損なわれることがないのだろう。では何故仮面で顔を隠す?」
 答えはなかった。
 憎悪が、隠しようもなくベアブリスの身を焦がしていく。
「まあ良い。その仮面の下の怪我があればこそ、お前はもう二度と私以外の者には頼れぬ筈だからな。昼も夜も私を憎しみ、思い続けていたのだろう?」
「右宰相殿。お話し中申し訳ありませんが、もう一度伝令をやって決起を急がせた方が良くはありませんか。恐らくヘルストックの屋敷に侵入した刺客は、中にあった証拠品を全て持ち去った筈です」
「証拠品? すぐに焼き捨てるよう指示しただろう」
「まだ幾つか手元に残っていた筈なのですよ。少なくとも、設計図が数枚は……武器の隠し場所が知れれば厄介でしょう」
「武器? その荷の中身は武器なの!?」
 レンドルの声に、いち早く反応したのはベアブリスだった。
 先程から男達が運び出していた大量の荷物、それが何であるのかをずっと考えてはいたのだが、布や箱の中に隠れているので正体が掴めなかったのだ。
「どうして武器なんか」
「ここを拠点に、我々はミネルバ女王を相手どった戦を始めるつもりなのだよ」
 咎める様なレンドルの視線を無視して、マイヨは静かにそう告げた。
「これは反乱だ。本来であれば支度を整えていた私の仲間達が、感謝祭の騒ぎに乗じてミケェヌ女王を討つ筈だった。それがあの女……そうと気付いて私を代理に仕立てたのだ。恐らく、私と共にシニョンに集う有志達を始末するつもりなのだろう」
「反乱……そんな、馬鹿なことを」
 自らの立場も忘れ、ベアブリスは詰る様な声を上げた。
 反乱。マイヨが女王陛下に逆らう? 
 成程、確かにシニョンの祭りに乗じて女王陛下を暗殺すれば、ことは簡単に運んだだろう。そうしてその為の準備をマイヨはシニョンで密かに整えさせていた。
 しかし。
 幾らミケェヌ女王が倒れても、民衆を納得させることは出来ない。忌み嫌われたマイヨ右宰相が反乱に成功したとあっては、民衆の起こした暴動で玉座はすぐに割れるだろう。
「どう言うつもりでこんな真似を? ミケェヌ女王と貴方とでは、格が違うわ」
「しかし民衆はすぐに私に味方するだろう。ミケェヌ女王が何を企んでいるかを知れば」
「女王陛下は、オラクシャーン大陸諸国を相手に、大がかりな戦さを始めるつもりなのさ」
 その言葉を告げたのは、マイヨではなかった。
 乱れた息遣いの下、ゆっくりと暗がりから現れた人影は、外の見張り役に肩を支えられながら何とか部屋に足を踏み入れた、と言う風に見えた。
 やがてベアブリス達の前に立ったその姿から、ぽたん、と赤混じりの水滴が落ちる。
 その姿を見た途端、ベアブリスは今度こそ言葉を失った。
(まさか……どうして)
「ガゼル、か? まて、その怪我はどうした」
「イシリオン・ガーゼイにやられた。そんなことより計画を早めた方が良いぞ。夜明けと共に女王配下の兵士達が、このシニョンになだれ込んで来る」








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