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「感謝祭(カーニバル)」

【終】
 シニョンの町に、夜明けの鐘の音が鳴り響く。
 塔から飛び立った数羽の鳩が、未だ薄暗い夜明けの空をぼかす様に白く彩った。荘厳で美しい、祭りの朝の始まりである。
(静かだな……)
 シニョンの外堀の向こうに広がる商業地・ダノア。
 その境界線上にある宿の一室で、窓の向こうに見えるシニョンの外壁を眺めながら、ウェズリは窓枠に額をぶつける様にして溜息をついた。
 ……昨夜のことだ。
 傷を負った名も知らぬ少女を抱えてシニョン郊外の宿に移っていたウェズリは、夜が明け切る前に、強くなる不穏な空気に耐えかねて行動に移った。シニョン周辺を調べに出たのである。
 結果、シニョンの外壁の周りに集まる大勢の武装した兵士達の姿を見た。事態が切迫しているのは明らかだった。
 それでウェズリは、少女を背負って町の外に逃れたのである。
 自分のもと居た宿に戻っていたのでは、恐らく閉鎖が終了するまでに間に合わなかっただろう……兵士達は突如現れたウェズリに警戒を示したが、彼が子供であること、背に怪我をした少女を負っていることを知るなり、一時封鎖を解いて二人を通してくれた。
 ダノアに宿まで取ってくれたのは、恐らく少女の怪我について、シニョン内部の事情を知る兵士達の間で同じ結論が出た為だろう。
 マイヨに関する一連の事件の被害者だと認識されたウェズリと少女は、こうして無事、シニョンの外に逃れた。
 シニョン総攻撃の話を直に聞いたのは、その後のことだった。
 マイヨと反乱分子を根絶やしにする為、ミケェヌ女王は祭りに向かった民間人の犠牲をも仕方ないものと考え、ウェズリの様に偶然逃れて来た者以外の逃走を許さなかったのだと言う。
 市民の避難誘導さえ許さなかったのは、恐らくその流れに混じってマイヨが逃走することを防ぐ為だろう。
 遠く聞こえる鐘の音と、それに混じって響いてくる怒声と砲弾の音を聞きながら、ウェズリはすぐ隣の寝台に横たわる少女の姿を眺めた。
 ベアブリスは、恐らく逃げ遅れただろう。そして兵士達の言葉が本当なら、マイヨは既に予定を早めてシニョン入りしていた筈だった。
 逃げることが出来た自分が幸せなのか、それともマイヨと共にシニョンに足止めされたベアブリスが幸せなのか、今のウェズリには分からない。
 ただ、傷を負った少女を不穏な空気の漂うシニョンに放置することだけは出来なかった。シニョンから逃げる形になってしまったのは、その結果に過ぎない。
 どん、と新たな大砲の音と爆発音とが響く。
 窓の向こうに広がる湖水、その先にあるシニョンの外壁の奥では、夜明けと共に血生臭い戦乱が始まっている。
(畜生)
 呻くと、ウェズリは椅子の上で膝を抱えて俯いた。
 その閉じられた瞳から、哀しみか、後悔か、本人でさえ理由の掴めない涙が一筋、流れ落ちた。

*****

 水園都市シニョンの崩壊は、以降の歴史書に「民間人を巻き込んだ、愚かで無惨な戦争」として記されることとなる。
 この小さな戦争の犠牲者の多くは感謝祭に集った観光客や民衆であり、美しい景観で知られていたシニョンが徹底的に破壊されたその様子に、人々は哀惜と共に畏怖の念を抱かずにはおれなかったと言う。
 地下にもぐったマイヨ軍の最後の一人までいぶり出す為の措置だったが、しかしシニョン崩壊の後に民衆の非難を集めたのは、市民を盾にしてまで必死の抵抗を続けたマイヨ軍の側だった。
 マイヨ・ゴレイールがいつ倒れたのかは不明だが、戦いが始まった時、彼は既に命を落としていたのだと言う説もある。その死因についても諸説流れたが、未だ真相は明らかにされていない。
 ミネルバとオラクシャーン大陸とを、長年に渡って血に染め上げる大戦が始まるのは、このシニョンの悲劇より更に二年後のことである。

*****

 ……朝が来ると、感謝祭が始まる。卵のタルトを食べて家の中を綺麗に掃除して、一年に一度の素晴らしい日を歓迎しなければ。
 それにしても今日は何だか妙な朝だったとネイナは思う。驚くほど静かで人の気配がまるでない。
 それから背中が少し痛む様なのだが、昨日どこかにぶつけでもしたのだろうか?
 砲弾の音の響く現実のシニョンの町の外で、ネイナは甘く微睡みながらいつもの朝の風景を夢見続ける。
 今日のシニョンの空にはきっと、一面の青空が広がっていることだろう。


<終わり>







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