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「感謝祭(カーニバル)」

【6】
(ネイナの帰りが遅いな……)
 寝台の上に身を起こして、ガゼルは窓の向こうの景色を眺めた。
 短い昼の気配は急速に遠のき、既に夜の匂いが漂い始めている。あと数刻もすれば真っ暗になって、シニョンの町は闇に沈んでしまうだろう。
 家主であるネイナが仕事で出掛けたのを後目に、当然の様に外を探索していたガゼルは、けれど日が沈む前に戻った家の中ががらんとしているのに気付いて驚いた。
 いつもなら、ネイナはすぐに出先から戻ってくる。余り外で過ごすのが好きではないのだと言っていた。
 それなのに今日に限って夕暮れが訪れようと言う時刻になっても戻らない。
 開き掛けた傷の手当を自分で済ませて家主の帰りを待つうち、ガゼルは次第に心配になってきた。
(何かあったのか? 確か今日、あいつは設計図を持って出たな)
 それをヘルストックとレンドル達のもとに届けに行った筈なのだ。
 とすれば、設計図を狙った連中の襲撃を受けた可能性がある。
(一緒に行く……訳にはいかないか。のこのこネイナについて屋敷に行くのは自殺行為だ)
 何よりネイナはガゼルとレンドル達との関係を知らない。
 勿論馬鹿正直に知人であると知らせるつもりはないから、出来ればこれまで通り、彼らとの接触については表立った行動を取るべきではないだろう。今の状況を考えれば、慎重して「過ぎる」ことなど何一つないのだ。
 ネイナは今のところ設計図の意味に気付いていない。しかし、どんな内容であるのかが知れれば、連中にとって充分な収穫になる。狙われない方がおかしいだろう。
「あらあら、随分と心配している様ね、優しいお兄サマは」
 不意に揶揄する様な声が窓の外から聞こえてきた。
 視線を移すと、屋根の上に腰掛けながら、室内を眺めている女性の顔が飛び込んでくる。
 豊かに波打つ金色の髪に猫の様な青い瞳、ネイナと全く同じ色彩を持っているのに、まるで対極的な容姿をした女性だった。
 相手を挑発する瞳は相変わらずガゼルを見つめたまま、窓から室内へと身を乗り出してくる。
「良い隠れ家を見つけたじゃないの。可愛い女中さんも一緒みたいだし」
「ここには来るなと言っただろう、ミゼーレ……屋根の上に立つんじゃないっ」
「あんただってここから出入りしてるじゃないの」
「俺は良いんだ。居候だからな」
「……相変わらず勝手な意見よねー。その家主さんだけど、見張ってなくて大丈夫なの?爆弾抱えた駒でしょう、一応」
「レンドルはそう言ってたな。けど、この家に居候してるのは偶然だ。別に見張るつもりで入り込んだ訳じゃない」
「ああらそう。ま、どっちでも良いけど、ミケェヌ女王の配下のことも考えなさいよ。何人入り込んでるのか、まだ全然分からないんだから」
「今は下っ端潰して行くので手一杯だよ。そんなことよりお前、中に入っちまえ。まだ外は明るいんだからな、誰かに見られたらどうする」
「逢い引きって言っちゃおうか。どーお、こんな魅力的な女に思われる気分は?」
「……どこの世界に屋根飛び越えて恋人に逢いに来る過激女が居るよ」
「ほんとに嫌よねこう言うトコロ、冗談通じないし」
 むくれながらも、ミゼーレは身軽に窓枠を乗り越えて室内に降り立った。 途端に、魅力的な、と自ら言うのもあながち誇張ではない、魅惑的な顔立ちと豊かな身体付きがガゼルの前に現れる。
 とすんとガゼルの横に腰掛けると、彼女はそのまま耳元へと唇を寄せた。
「マックス・ロートンの件だけど」
「その話はもう済んだんじゃなかったのか」
「一応は上司だったんだから、そんな言い方はやめなさい。確かに無能で派手好きで仲間の足を引っ張るどう仕様もない単純馬鹿だったけど……その、彼を始末した連中の正体が分かったのよ、使用された武器でね。ガーゼイ家の兄弟の話は聞いたことがあるでしょう」
「ガーゼイ? それじゃ、ミケェヌ女王の配下ってのは、」
「それは分からない。第一、マックスを殺す目的なんて有りすぎて謎なんだから。外に情報を洩らしかねないあの愚鈍さを疎まれて身内に討たれたか、それとも小物の始末屋に偶然出会って殺されたのか」
「ガーゼイ家がこっちについてるって話は聞いてない。だとすれば身内に討たれたってセンはないだろう」
「死んでくれて助かったと思ってる身内なら居るわよ。少なくとも、ここに一人はね」
 低い呟きは真実の重みを含んでいた。
 勿論、これはミゼーレの本音なのだ。
「あんな奴に足を引っ張られるのはまっぴら。貴方も馬鹿な妹を早く探し出して手を打って頂戴ね。私達の邪魔だけはさせないでよ」
「……帰ってきた」
 ガゼルの呟きに、ミゼーレが身体を浮かせた。確かに階下から扉の開いた音がしたのだ。
「退散するわ。明日、いつもの場所で」
 言い放ち、ミゼーレはそのまま猫の様に身軽に窓の外へと姿を消した。
 ネイナが部屋の扉をノックしたのはその直後のことである。







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