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「感謝祭(カーニバル)」

【7】
 感謝祭を数日後に控えたシニョンの夜の輝きは、次第に強く、日をおうごとに数を増やして行く。
 特殊な光を放つ植物や蝋燭、光を反射させる為の飾りなどの大半が建物や水路の脇を覆い、既に試験的な点灯が始まっていた。
 それでも飾りたてられた明かりが夜の闇を完全に払拭することはない。輝きの届かない建物の合間や曲がりくねった路地など、静まり返った通りには必ず闇が色濃く渦巻いていた。
 今のシニョンの町ほど、闇の恐ろしい場所が他にあるだろうか?
 すっかり闇に慣れた目で周囲を見渡し、建物の影から一旦小さな広場に出たウェズリは、民家の外にある井戸から水を汲み上げると、ひとくち口に含んだ。
 どこの家の物か、井戸の側にある一本の木から庇にかけて吊した縄に、干したままになっていた洗濯物の裾で口元を拭うと、静かに壁に身を寄せる。
(追って来ないな)
 いつもの様に情報収集と土地勘を養うために町中を探索していたウェズリは、偶然にも他の始末屋と出くわしてしまったのだった。
 勿論シニョンに居る位だから目的は同じなのだろうが、相手にすればウェズリは商売仇である。距離があるうちに気付いたお陰で振り切れたものの、さすがに参ったと溜息が出た。
 ……現状で、マイヨの命を狙ってシニョン入りした連中は、大きく二つに選別される。
 一つが、ウェズリの様に個人的な怨恨の為にマイヨを狙う者。
 そうしてもう一つが、組織的或いは個人的に依頼を受け、仕事としてマイヨを狙う者。
 厄介なことに、彼らのいずれもが自らの手でマイヨを始末したいと考えているのだった。
 手柄を奪われたくない、恨みを晴らしたい、そうした思いは目的を同じくする連中の間に大きな波紋を作り、事態はマイヨのシニョン訪問を目前にした始末屋同士の争いにまで発展していた。
 今現在、マイヨは旅路の途中にある。シニョンにはまだ到着していないのだ。
 それなのにやがて訪れるたった一人のマイヨを殺す為、始末屋達はその権利を、命を賭して競り合っているのだった。
 つまりウェズリの目下の敵は自分と同じマイヨ暗殺の為に動く人間であり、マイヨではないのだ。
 彼を守るために配置された警備兵達の存在も困りものが、一番危険なのは、やはり専門的に人を殺す術を学んでいる始末屋だろう。
(マイヨに会う前に死んでたまるか)
 あの男を討つ経緯で命を落とすのなら、それは仕方ない。さすがのウェズリも一国の宰相をそう簡単に殺せるとは思っていないし、格闘術を学んだ時点でその覚悟はしていた。
 だけど同類争いの末に死ぬだなんて冗談じゃなかった。
 せめて、誰の手柄であってたとしても、マイヨが絶命するその顔を見ないうちは……。
(いや。やっぱり、俺の手であいつを殺すまでは、だ)
 歯車がからからと回る様に、ウェズリの記憶は急速に五年前へと舞い戻る。
 突然行われた一斉粛正、その舞台となった村で、ウェズリの家族は代々暮らしている小作人だった。
 母は生まれてから村が焼け落ちたあの粛正の夜まで一度も村を離れたことがなく、よその村から訪れた退役軍人の父も、ウェズリが生まれる頃にはすっかり村の生活にも慣れた小作人の主になっていた。
 良く働く兄弟達と暖かい匂いのする家庭……ウェズリの父の昔馴染みと言う男が現れるまで、それらはウェズリにとって当然の世界だったのだ。
 突如村を訪れたその男は犯罪者だった。少なくとも、右宰相マイヨはその判断を下していた。
 男を匿ったウェズリの父をマイヨは許さず、脅迫じみた説得を頑としてはねのけた彼への恨みから、結局は村ごと焼き討ちにするよう部下に命じた。
 全ては罪人を匿った罪だとマイヨは言った。村一つを滅ぼす行いを、さすがに責める周囲の者達に言い聞かせる様な台詞だった。
 男の罪状は政治犯、マイヨの横暴に堪えかねて左宰相バードに直訴したことだったが、訴えはバードに届く前にもみ消され、後は刺客を避けての逃亡劇しかなかった。
 犯罪者には罰を。
 その一方的な宣告の為に村は滅ぼされたのだ。炎に包まれた村の末路を耳にしたマイヨは、微笑すら浮かべてこう告げたと言う。
「藁や木で出来た家に住む貧乏人の村だ、良く燃えたろう。焚き火には丁度良かった」
 ……両親の目を盗んで、いつもの様に近くの森に遊びに出ていたウェズリだけが難を逃れた。
 村の外を包囲した兵士達は中に居た人間の逃亡を許さず、姿を見つけ次第切り捨てていた為、誰も燃えさかる村から逃れることは出来なかったのだ。
 家を失い、肉親を失ったウェズリは隣村に逃げ込み、しばらくそこで過ごしてから大きな町へと出た。
 身よりのないウェズリに世間は決して優しくはなく、やがて彼がスリから始まる犯罪に関わりながら生きる様になるまでには、そう時間は掛からなかった。
 やがてウェズリは偶然にも、村に家族と恋人とを残して出稼ぎに来ていた男と出会う。村の末路を知っていた男は、一人復讐の機会を狙って情報を集め、その為に必要な体術や剣術を身につけていた。
 彼の復讐の念を目の当たりにしたウェズリは、ようやく気付いたのだった……自分から全てを奪ったのがマイヨであり、恨むべきは世の冷たさではなく彼なのだと。
 やがて男は復讐とは別口のいざこざに巻き込まれて命を落としたが、共に力を付けていたウェズリだけは、一人復讐の為に腕を磨き続けてきた。
 他に何もなかったのだ。ウェズリには、何も、何一つとして、存在しなかった。
 そうした場所に自分を追い込んだマイヨへの恨みはむしろ、日をおうごとに強くなった。
 ウェズリにとって復讐は、生きるための糧だったのだ。
(なのに何だよ。マイヨがここに来るって分かった途端に、皆で目の色変えて集まりやがって。あんな連中と一緒にされちゃたまんないね)
 この為に生きて来た。思い知らせてやる為に。
 マイヨはウェズリ達の様な民を藁屑程度にしか認識していない。ならば藁屑の自分が彼の命を絶たねば、本当の意味での復讐にはならないだろう。
 他の連中では駄目なのだ。
(あの女も私怨でマイヨを狙っている様だったけど……)
 絶対に譲れないと言っていた。余程のことがあったのだろうとは、あの顔を見ればすぐに分かったが、それでも、と思い掛けた時、ウェズリは近く物音を聞いて飛びすさった。







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