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「落ちてゆく夢の終わり」

霧練りの少年I
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『遠い昔のことです。湖の国の王様の中に、とても“欲しがり”な人がいました。
 その王は、庶民の暮らしを見たいと町を出歩いては、畑に実る作物を欲しがって食べたり、橋の上に飾られた美しい彫刻の像を見ては、城に持って帰ってしまうような人でした。
 とにかく一度欲しいと思ったら、何としてでも手に入れなければ気が済まないのです。
 ある日のことでした。王様は退屈紛れに、大陸を放浪していた旅人を城に招き入れました。
 旅人は王様に、あらゆる土地の不思議な話や、心躍るような冒険譚を語りましたが、何より王様の心を捕らえたのは、遠い森の都に住むと言う霧練り職人達の話でした。

 お金も、宝石も、何に換えても構わないから、そのムネリとやらが欲しい。

 いつもの悪い癖が出た王様の命令に、目もくらむばかりの財宝を持った湖の国の騎士達は、連れだって森の都へと向かいました。
 突然現れた騎士達に、森の都のムネリ達は困惑しました。
 湖の国では、あちこちから汚れた空気が流れて空を汚染し、ムネリできるような綺麗な雲などひとかけらもなかったからです。
 ですから森の都のムネリ達は、誰一人として王様の招待を受けようとはしませんでした。
 いつしか王様が諦めてくれることを祈りながら、騎士達の頼みに首を降り続けます。
 森の都には王の命令を受けた新たな騎士達が、次から次へと訪れました。
 一年が過ぎ、二年が過ぎても、王様は諦めようとはしません。最後には、このままでは済まないぞ、と恐ろしい言葉を放つ始末です。
 仕方ありません、ムネリ達は、一人の男を代表に選ぶことにしました。
さて、この知らせに喜んだのは王様です。
 到着したムネリ職人を丁重にもてなすと、すぐさま雲を練るように命じました。
 けれど男は答えます。

 ムネリの仕事は致しましょう、ですが空と雲は私達ムネリの宝、どうぞこれ以上、この国の空を黒くはなさらないように願いたい。

 王様は頷きました。そうしてこのムネリの為に、城にある一番高い塔を譲りました。
 さて、男はすぐに霧練りを始めましたが、黒い雲は思った以上に重くてねばねばしていたので、幾ら頑張っても王様の満足のいくようなムネリはできそうにありません。
 やがて我慢出来なくなった王様は、すっかり怒って、ムネリ職人を塔の中に閉じ込めてしまいました。
ムネリ職人の男は、故郷の森の都を思ってうなづれます。
 泣きながら、それでも毎日毎日雲を練り続けました。
 せめて自分が無事でいることを家族に伝えたい、この雲を文字にして、遠い故郷まで流すことができたなら……。
 それなのに湖の国の黒い雲は、相変わらず少しも形になりません。
 時が流れるにつれ、雲はますます黒く汚れていきました。王様はムネリの男との約束をすっかり忘れていて、空を綺麗にするどころか、武器を作るための工場を次々と増やして、ますます空気を汚していたのです。
 それでもムネリの男は、運ばれて来る食事には見向きもしないで、無心に霧練りを続けました。
 一月が過ぎ、二月が過ぎ、やがて季節も変わりゆき……やがて、ムネリの男が食事を摂らなくなったと知った王様が、塔に足を運んだ時のことです。

 きちんとした雲を練れたら、今度こそ都に帰してやろう。

 そんな気持ちで塔の扉を開けた王様は、そこに広がるものを目の当たりにして、愕然としました。

 部屋の中は、白い綺麗な雲で一杯になっていたのです!

 その美しさに王様は驚き、歓声を上げました。
 そうして褒美を与える為にムネリの男を探して、ようやく気付いたのです。部屋の隅で倒れ伏す、一人の男の姿に……。
 王様は、ようやくにして悟りました。部屋の中にあった白い雲は、雲ではなく、男が故郷の家族を思って吐いた『溜め息』であったことを。
 黒く染まった湖の国の雲は、結局ムネリの男の渾身の力をもってしても、練り切ることが出来なかったのです。
 息絶えてしまった男を哀れに思った王様は、その亡骸を森の都に運ばせました。
 森の都の人々は、異国の地で果てた男の最期に涙を流し、もはや物言わぬその身体にすがりつく家族の泣き声が、空の雨粒を招きます。
 人々は、ムネリ達が最も愛する森の都の頂上に、男の墓を作ってやりました。
 そうしてこの時から、ムネリ職人達が湖の国に足を運ぶことは二度となかったのです。
 一度だけ見た白い溜息の霧練りの美しさに、すっかり心を奪われた湖の国の王様が、何度も使者をたてたにも関わらず……やがて、王様が結局見ることの出来なかった本物の霧練りへの憧れは、それから何代にも渡る湖の国の王様達の、消えない願いへと形を変えていったのです………………』






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