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「落ちてゆく夢の終わり」

夜伝の人々@
 ごろごろと、重い振動が頭の芯に響いてくる。
 なんて嫌な響き方をするんだろう。
 それは夕暮れの葬列だった。遥か前方を行く台車に乗った二つ棺には、タカシの両親が眠っている。
 がらがら、ごろごろ。
 音は、まるでタカシを置き去りにするように、少しずつ早くなっていく。空を染め上げた黄昏は、葬列を作る人々の顔にも濃い影を落としていた。
 タカシの側にはコーダ夫妻が寄り添っている。
 眠ったままのナナを置いてただ一人葬列に加わったタカシの為に、葬儀に関するほとんどの手配を済ませてくれたのも、コーダ夫妻だった。
 長い一本道の先にあるのは墓場だ。
 眠り病が蔓延してからこうした葬列は珍しくなくなっていたし、弔いに集まった人々の中にも、眠り病患者を家族に持つ人間が沢山あった。
 だけどまさか、この道を自分自身で歩くことになるなんて。
 離れた場所に立つリウやミッジの案じるような視線を受けながら、ともすれば地面に沈み込んで行きそうになる自分の身体を、タカシは必死で支えていた。
 何もかもが重々しく、世界はどんよりとした色で、タカシを呑み込もうとしていた。
「森の都最後のムネリがいなくなったと聞いた時には、随分と焦ったものだがね」
「ええ。あと一日遅ければ、別の商人に渡すつもりだったんですよ。貴方は運が良い」
「わざわざ家を抜け出す手筈まで教えてやったのに、それもこれも全部無駄になった訳か」
「シン! ……こんなに早く湖の国にお戻りとは思わなかったのでね、我々の方でも手を打っていたんですよ。そうした事情を考慮して、今の彼の言葉はどうか気になさらず」
「そいつは悪かったね。しかしまあ、他の商人に持って行かれる前にと思って、こちらも焦っていたんだよ。その分は上乗せしておいただろう?」
 参列者達の声に、タカシは思わず首を傾げた。
 この人達は一体何の話をしているんだ?
 振り返ったタカシは、そこにロウジやシン、それから見慣れぬ太った男の姿を見る。
 黒一色の服に身を包んだ人々の中で、ただ三人だけが普段着のまま、にやにやと笑っていた。
「手懐けるのに随分とかかったけど、報酬の額からすれば、大した苦労でもなかったな」
「へえ。俺は幾ら金の為でも、あんな奴と友達ごっこは御免だったぜ」
(ロウジ!)
 重い振動が、ひときわ激しくタカシの身体を揺らした。
 タカシは目を覚まし、茫然とした。
 辺りが真っ暗で何も見えない。
 奇妙な圧迫感があって、不安に思わず身じろぎしても、すぐに身体が壁のような物にぶつかった。
 おまけに両手両足が縛り付けられているらしく、起き上がることすら出来ない。
 口には布があてがわれ、窒息しそうなくらい息苦しかった。
 それに、この揺れ! 
 妙な夢を見たのも、恐らくはこの振動のせいだろう。そこまで考えて、ようやくタカシは上下左右に感じる壁の正体に気付いた。
(……ここは、木箱の中だ!)
「よお、目が覚めたのか? タカシ」
 外からロウジの声がした。
 おまけに、とんとんと軽く壁を……木箱を叩く音。
 振動は相変わらず木箱ごとタカシを揺らし、じっとりと、タカシの額から汗が流れる。
「お前が今更、聞き分けのないことを言い出すから悪いんだぜ。こっちは優しく馬車まで案内してやるつもりだったのによ」
 ロウジの声には、いつもの親しげな様子など欠片も無い。
 ひやり、とタカシの背筋に冷たいものが伝った。
「俺達が本気で、お前と一緒に湖の国に行くつもりだって信じてたのか。本当に馬鹿だなあ、少し考えれば分かることだろう? 戦争をやってる物騒な国に行くより、大金貰って森の都で暮らした方がよっぽど良いってことくらい、さ」
 何を、言っているんだろうか。
 薄々状況を察しながらも、タカシはまだそんなことを考えていた。
 自分が今どうなっているのか、何故こんな所に閉じ込められて運ばれて行くのか、段々と明らかになってくるその理由を、どうしても考えたくなかったから。
「……いいか。暴れたって無駄だからな。森の都の警備兵がどれだけ当てにならないか、お前だって十分知ってる筈だ。黒い渦にも近寄れない意気地なしの連中なんだからな」
「お前、湖の国の王様に会いたかったんだろ? 心配しなくとも向こうに着けば、すぐにでもアドルスさんが城に連れて行ってくれるさ」
 続けて聞こえてきたシンとロウジの言葉に、タカシはとうとう、事実を認めない訳にはいかなかった。
 ロウジ達が熱心に進めていたのは、湖の国に旅立つ話でも、子供を商人に売りつける話でもない。
 さっき告げられたけた違いの値段は、子供と自分を売った報酬だった。
 タカシは湖の国の商人に買われたのだ。ロウジ達にだまされて。
『商人達は身の保全の為に、湖の国の王への貢ぎ物を熱心に収集していると言う訳だ』
『タカシもムネリの子孫だ』
『タカシの家にも商人が出向いている筈』
 何て馬鹿だったんだろう。リウが話してくれたじゃないか、商人が今一番欲しがっているのは、ムネリに関するものなのだと。
 なのにロウジ達の企みに気付かなかったなんて!
(湖の国で一旗あげて、金持ちになりたいんだって……あいつらそう言ってたから。だから、俺は)
 木箱の暗闇の中で、タカシはじっと目をすがめた。
 ああ。そう言えば、気を失う前まで一緒にいた筈の子供は、一体何処に消えたんだろう。
 思えば今回は子供の方がタカシに巻き込まれた訳で、こうなるともう『子供が話せること』なんて、何の切り札にもなりそうにない……そこまで考えた時、ひときわ大きな振動がタカシを襲った。
(うわわっ)
 自分の意思ではどうにも出来ない狭い箱の中で、タカシは声にならない悲鳴を上げる。
 すぐにかすかな浮遊感と共に振動がなくなり、どうやら、自分がどこかに降ろされたらしいと理解できた。
 まんじりともせず木の蓋の隙間から入るかすかな陽光の筋を睨んで我慢していると、やがてみしみしと、木を剥がす音が聞こえてきた。
「ほら見ろ、あんな見張りなんか何の役にも立たないって言っただろ」
「で、タカシとガキは生きてるのか」
「おいおい、頼むよ。ムネリの方は生きたまま連れて帰らないと、意味がないんだからね」
 急に間近になる声。と同時に最後の木箱の蓋の破片が飛び散り、目を焼く程の強い光が飛び込んで来た。
 思わず目をつむったタカシは、けれどすぐに縛られたまま強引に身体を引き起こされる。
「ほら、元気なもんだ」
 慣れない光に束の間視界が真っ白になったが、しばらくすると、周囲の景色がくっきりと見え始めた。
 そこは森の中だった。
 むっと鼻をつくのは土と緑の香りで、小鳥のさえずりや虫の音が聞こえる中、見ればタカシは、棺のような箱の底に転がされている。
 視線の先には支度された立派な馬車と荷馬車、それからすぐ隣にはもう一つ同じ形の箱。
 こちらはまだ蓋も開けられていなかった。






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