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「落ちてゆく夢の終わり」

夜伝の人々A
「そっちの子供も、ムネリと一緒に荷馬車の中に運び込んでおいてくれ」
 声まででっぷりしているような商人のその言葉を、タカシは呆然と聞いていた。
 口の中の布が唾液でぐちゃぐちゃで気持ち悪かったのだけれど、それよりも、ロウジ達に向かって質問一つ出来ない不自由さが悔しい。
「何か言いたそうだな、タカシ」
 そうやって自由のきかない状態でじたばたしていると、ようやくロウジが、タカシの上に影を落としながら話し掛けてきた。
 森の木々の隙間から降る陽光を頭に受けて、まだらの陰を浮かばせた顔。
 そこには意地の悪い笑みが浮かべている。
「……お前さ、ヒト売りのロウジって聞いたことないか?俺もシンも結構有名なんだぜ。ムネリは今、一番金になる。黒い渦でお前を見かけた時は本当に嬉しかったよ」
 身体をくの字にしながら語るロウジの声は穏やかで、だからこそタカシには、ロウジの言葉が嘘や冗談ではないことが分かった。
 失望の余り言葉を失ったタカシの隣では、隣に置かれた木箱から、子供が引き起こされている。
 自分と同様、さるぐつわと、両手両足には縄を掛けられた子供が。
「上等の馬車での旅行だ。と言ってもお前達が乗るのは荷馬車の方だが、一応は食事付きだからな。まあ、のんびり行けば良いさ」
「うまくやれば相当な暮らしが出来る。お前はホントについてるなあ、タカシ」
 言うなり、シンはタカシの身体を軽々と担ぎ上げた。ぐったりしたままの子供も同様に運ばれ、そのまま二人は大きな荷馬車の中に放り込まれる。
 ごつん、とお互いに頭をぶつけて、一瞬意識が遠のいたものの、とにかくタカシは強引に顔を上げて辺りを見渡した。
 荷馬車は四頭の馬に引かれた大きなもので、荷台を覆う大きな幌が、タカシの視界一面に張られている。
 外は一切見えず、唯一開く荷馬車の後部の幌も、タカシと子供が入ったのと同時にぴっちりと閉じられていた。
 ちらほら聞こえる声から、外で動き回るロウジやシンや使用人などの様子が伺えたが、荷馬車の中が大小様々な木箱や樽で埋め尽くされている為、それ以外のことはさっぱり分からない。
 だが、もし他の連中が、荷馬車の横にあった黒光りする上等の馬車に乗り込むのなら。
(逃げられるかも知れない、俺達)
 このまま湖の国に行くなんて冗談じゃない。
 内緒で森の都を出るつもりだったけど、無理に連れて行かれるのと、自分の力で旅をするのとでは大違いだ。
 タカシと一緒に荷馬車に転がされた子供は、ぐったりとしたまま未だに動く気配もない。
 もし逃げるならこいつも連れて行ってやらなくちゃ……そう考え、タカシはぐっとお腹に力を込めた。
(湖の国までは、馬車を使って何日も掛かるって聞いた。だったら、その間に逃げ出す機会が絶対にある筈だ。使用人が何人かいたけど、隙を狙えば逃げ出せる!)
 幌の向こうにはどうやら見張りが立っているらしく、時折ちらりと幌がまくられ、そこから日に焼けた岩のような壮年の男の顔が覗く。
 そのたびに気を失った振りをしながら、タカシはゆっくりと脱出計画を練り続けていた……の、だが。
「なぁんだ。ムネリと言っても、その辺にいるただの子供と同じなのね」
 不意に頭上から振ってきた声に、熱心に考え込んでいたタカシはぎょっとした。
 顔を上げると、御者席の窓穴から、長い黒髪の女の子の顔が覗いている。
「貴方がムネリ?それとも、そっちの子がそうなの?」
 積み上げた荷物のてっぺんに頬杖をつき、物怖じせずに呟く少女。
 驚いたタカシは、ただもう言葉もなく、瞬きを繰り返すばかり。
 その内しびれを切らした少女は、器用に荷物を伝いながら下に降りると、タカシのさるぐつわを乱暴に取り払った。
「さあ。これで喋れるでしょう」
「…………」
 近くで見ると、少女はまるで陶器で出来た人形みたいな顔をしていた。おまけに森の都では滅多に見ない全身真っ黒のレースの服を着ているので、いよいよ造り物めいて見える。
 すぐ隣で気を失っている子供が太陽の暖かさを持つのなら、さしずめこの少女は、夜そのものと言えたかも知れない。
 少女は黙ったままのタカシを不満そうに眺め、今度は気を失っている子供の方に近付いた。
 その顔をまじまじと覗き込むと、やがて感心したように吐息して、
「驚いた。随分と綺麗な子なのね!こっちの子がムネリなのかしら」
 言うなり、少女は綺麗な靴の爪先で子供をつんつんと蹴り出した。
 軽い調子ではあったものの、乱暴なその仕草に、タカシは驚いて身を起こす。
「やめろよ、まだ気を失ってるんだから!」
 大人びた紫色の瞳が、ふっとタカシを振り返る。
 その瞳はやがて面白そうに細められ、少女はゆっくりと、タカシに向き直った。
「……なぁんだ、貴方やっぱり喋れるんじゃないの。じゃあムネリは貴方ね。連れて来られる子供のうち、ムネリじゃない方は頭が弱くて、喋ることも出来ないって聞いたから」
「お前、誰だよ。アドルスとか言う奴の子供?」
「まさか!」
 少女は大人がするように、口元だけで綺麗に笑った。
「私はヨツテ、よつて夜伝と言うの。森の都にムネリがいるなら、湖の国には私達“夜伝”がいるのよ。覚えておいてね」
 ヨツテ。
 初めて聞く名だった。タカシは思わず眉を潜めて、少女を睨む。
「何だよ、よつて夜伝って。変な名前」
「貴方が雲を練って夢を紡ぐムネリなら、夜伝は深淵の闇を広げていく者。そして、明けることのない夜を伝えて行く者でもある。私達はね、今の時代に、一番必要とされる存在なのよ」
「闇を広げる……?」
「私達の作る夜は濃くて、深い。ムネリが二度と雲を練ることが出来なくなる程に。でも貴方が本当にムネリだと言うのなら、少しがっかりだわ。アドルスは“森の都で最後のムネリ”を買ったと話していたのに」
 馬鹿にしたような口調にムッとはしたものの、少女はどうやら、アドルスを呼び捨てに出来る程度には「偉い」らしい。
「ねえ。本当に貴方以外のムネリはいないの?」
「……いないけど、俺だって満足な霧練りなんて出来やしないんだぞ。父さんはムネリだったけど、俺はほとんど何も教わってないんだから」
「そう」
 言って、少女は肩をすくめた。
「どちらにせよ、陛下が今更ムネリを見たがるとは思えないし、構わないわよ。アドルスも馬鹿ね、こんなことにお金を遣うくらいなら、私達夜伝への献金を増やせば良いのに」
「待てよ!」
 言いたいことだけ言うと、もう気が済んだとばかりに少女は立ち上がる。
 咄嗟にタカシが呼び止めると、少女は染み入るような紫の瞳で、タカシを振り返った。
「あのさ、俺、本当に霧練りなんて出来ないんだ。だからそのこと、お前の口からあの商人に伝えてもらえないか? 俺が湖の国に行かずに済むように」
「それは駄目よ。お金を出したのはアドルスだもの。貴方は諦めて、湖の国見物でもするつもりでゆっくりするしかないわ、残念だけど」
「そんな……」
「まあ、悲観することもないと思うわよ。湖の国はこんなさびれた都よりずっと面白い場所だもの。特にあの魔術師が来てからはね、前より住みやすくなったわ」
「魔術師……? 何だよ、それ」
「さあ? どうせすぐに湖の国に着くんだから、自分の目で確かめるのね」







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