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「落ちてゆく夢の終わり」

夜伝の人々C
 荷馬車の外でたいまつの炎が浮かび上がり、辺りはすぐに騒がしくなった。
 少女は表情を険しくすると、様子を見る為に荷馬車の外に出て行ってしまう。
(何かあったんだ)
 しかし、これはチャンスだった。今なら……そりゃあ縛られたままだけど、逃げ出せないこともない。
 第一この機会を逃せば、次はいつ逃げ出せるのか分からないのだ。
「おい、ムネリ」
 面と向かって“ムネリ”と言うのには抵抗があったが、とりあえずそう呼ぶと、子供はすぐにタカシの側に寄って来た。
「いいか、逃げるぞ」
「どうして?」
 頭の中が真っ白になる。どうして、ときたものだ。
「あのなあ。俺達は売られて行くんだぞ!逃げないでどうするんだよっ」
「でもそれなら、ちゃんと、あのひとにさよならしなきゃ」
「あーっっもう! 良いから俺の後に付いて来いっ」
 説得を諦めたタカシはそれだけ言うと、まだ不満そうにしている子供に向かってとどめの一言。
「これ以上まだ何か言うつもりなら、ぶつからな」
 毛布を落とすと、タカシは幌の割れ目から首だけを突き出して外を伺った。
 けれど明かりに慣れた目には何も映らず、仕方なくじっと闇に目を凝らしていると、ようやくぼんやりと辺りの様子が窺えるようになる。
 ……荷馬車のすぐ後ろにいた2人の見張りが、まず馬ごとどこかに消えていた。他の馬車もどうやらからっぽのようで、辺りに人の気配はまったくない。
 一体、どこに行ったのだろう。馬車が止まったことに関係があるのか?
 いぶかしむタカシの耳に、その時、列の後方からざわめきが聞こえてきた。
(みんな、後ろに移動したのか? 一体何だろう。こっちには好都合だけど)
 獣が出たのかも知れない。森は深く、普段なら人里から離れて暮らす獣達がわんさと暮らしている。
 だが、もし仮にそうなのだとしても、こんな場所で馬車を止めるのはおかしい気もするのだが……まあいい。
 とりあえず逃げ道を目線だけで確保して、タカシは子供を振り返った。
「おい、来いよ。今なら逃げられるぞ」
 けれど、タカシが油断して幌に背を向けた途端、急に幌の真ん中がぱっと開いた。
「呆れた子達ね、逃げるつもりだったの?」
 幌の向こう、暗闇の中をたいまつ片手に立っているのは、ヨツテの少女だった。
 幌をまくり上げたのは大柄な男達で、それを見るなり、タカシは思わずじりじりと後ずさりする。
 けれど肝心の少女の方は、どうしてだかしきりと背後を気にしながら、
「まずいことになったわ。リウ・ホミネと言うのは、貴方の知り合い?」
「え……な、なんで、その名前」
「やっぱりそうなのね。そのリウ・ホミネに頼まれたと言う森の都の警備兵が、今、そこに来ているのよ。目ぼしい馬車を幾つか追いかけていて、ここに当たりをつけた訳でもなさそうだけど……そのリウって子は、友人が“黒い渦”の人身売買に関わる少年と知り合った後、行方不明になったと騒いだのだそうよ。貴方、随分と頼りになる友達を持っているのね」
(リウ、気付いてくれたんだ!)
 今朝、うっかりロウジの名を口にしてしまったことを、タカシは思い出した。
 あの時は青ざめたけれど、今では自分の失言を誉めてやりたい気分だ。
(しばらくはリウのこと、馬鹿にしないようにするっ)
 感激して、心の中でリウに何度も「ありがとう」を繰り返すタカシに、けれど少女は背後に並んでいる使用人達を振り返ると、
「急いで。勘付かれる前にお願い」
 その言葉を合図に、使用人達が一斉に幌の中に飛び込んで来た。
「な、何するつもりだよ、おいっ」
「怪我をするのは嫌でしょう、だったら大人しくしていなさい」
 突然飛びかかってきた使用人の一人にあっさり組み敷かれ、そのままぐいぐいと頭を床に押しつけられたタカシは、すぐに身動きが取れなくなってしまう。
 それでも何とか顎を床にこすりながら視線をずらすと、使用人達の手をかいくぐって、荷物の上に飛び上がった子供の姿が見えた。
「あ……」
「やめて! 危ないわ、早く降りて!」
 タカシの視線を追ってそれに気付いた少女が、突如声を上げた。使用人達も子供を捕まえようと躍起になるが、当の本人は彼らの手を器用にかいくぐり、するすると木箱の上に逃げて……、
「あっ!」
 思わず声を上げたタカシの前で、ぐらり、と子供の姿がかしいだ。
 そのまま積み上げた木箱ごと、子供は使用人達の真上におっこちてくる。タカシは思わず目を閉じ、それと同時に、がしゃ……ん! ともの凄い音が馬車の中に響き渡った。
 そうしてタカシは見たのだ。
 箱からぶちまけられ、タカシの鼻先まで転がってきた、沢山の黒光りする長銃を。






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