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「落ちてゆく夢の終わり」

夜伝の人々H
「夜伝って、武器工場の職人のことだったのか」
「そうよ。もうずっと、何代も前から続く世襲制の一族でね、私の親も、そのまた親も、ずっとこの武器工場で修行を積んで、最後には頭領として現場の指揮を取ってきたの。武器職人の技術の全ては、厳重なまでの注意を払って扱われ、私の一族にだけ伝えられてきた。今や全ての技術を受け継いでいるのは、引退した祖父の後を継いだ私だけ。年々需要の高まるこれらの品の為に、私や職人達がどれほど必要とされているのか……勿論、ムネリである貴方には理解出来ないでしょうけれどね」
 非難とも取れる少女の言葉に、タカシは思わずむっとした。
「何だよ、それ」
「陛下がムネリを欲したのは過去の話と言うことよ。いえ、この国だけじゃない。森の都さえも、いよいよ戦争に向けて動き始めているんだから……今更ムネリなんて」
「戦争? ……って、ちょっと待て! 何だよ、戦争って。森の都は関係ないじゃないか」
「陛下は……湖の国の王は、現在七人の領主と戦争を続けている。けれどその終結も時間の問題、すぐに七領主は倒れるわ。そうなれば次はどこと戦うことになると思う?」
「どこって……相手がいなくれば、終わりだろう? 1人じゃ戦争なんてできないんだから」
「理由があるから戦争を続けるんじゃないのよ、陛下は。そうね、むしろ、戦争を続けるために理由を求めている」
「それって、」
 タカシはごくんと生唾を飲む。
「それって、まるで、戦争したいから相手を捜してるみたいじゃないか。森の都と湖の国は、あんなに離れてるのに」
 口の中がからからだった。分からない。この少女の言葉の意味が、理解できない……。
 よその国の忌々しい戦争が、自分の住んでいたあの大切な都にまで飛び火するだなんて、想像するだけでも恐ろしかった。
 タカシは戦争を見たことがなかったけれど、黒い渦に出入りするようになってから、それがどんなふうに全てをめちゃくちゃにしてしまうのかを何度も耳にしてきた。湖の国の商人や、命からがら逃げて来た旅人などが、酒場で繰り返し話しているのを聞いたのだ。
 肉親を亡くし、家を失くし、すべてを失った人々は、どうすることも出来なくなって森の都に逃げ込んでくるしかない。
 それなのに、森の都で戦争が起こってしまったら、皆はどこへ逃げれば良いのだろう。
「絶対におかしい。ここの国の王様がおかしいのは分かったけど、森の都は全然関係ないじゃないか!」
「そうね。だけど、それでも陛下には戦争が必要なの」
 少女の声があまりにも小さかったので、タカシはもう一度聞き返さなければならなかった。
「……え?」
「戦争が必要だと言ったのよ、陛下には。だってあの御方には、もう何も関係ないんだもの。だから私達ヨツテが必要なの」
 相変わらず、理解はできないのだけれど。
 それでも少女の言葉は、何故だかすとんとタカシの胸の奥に落ちてきた。
 それはもしかしたら、少女がひどく考え深げに話したせいかも知れなかった。
「信じられないかも知れないけれど、陛下は本来、とても寛大で、戦を嫌う御方だった。この国はとても広いでしょう。だから歴代の王は一人で国を治めることが出来ず、誰より信頼を寄せる友人達を選ぶと、彼らに領地を与えてそこを治めさせることにしたの。それが湖の国の領国制の始まりよ。今の王が自分の七人の娘を領主の息子達のもとに嫁がせたのも、その絆の為ね」
「だけど、今は、戦争をしてるんだろ」
「そう。ある時高名な魔術師が陛下に謁見を願い出て、特別な占託を告げたの。陛下が変わったのはそれからよ。そうして私達ヨツテは、この国のどんなに偉い大臣よりも……領主達よりも、陛下の信頼を受ける存在になった」
 ……魔術師。その言葉に、何故だかタカシはぞっとする。
「魔術師って、確かお前が馬車の中で話してた奴のことだよな。そいつが全部悪いのか?」
「あら、私達にとっては恩人よ。ヨツテの神様みたいな人だもの」
 つんと少女は顔を逸らす。
 腕組みする彼女からは、何故か態度や口調ほどの高慢さは感じられなかったのだが。
「ものごとって言うのはね、受け取り手によっては、まるで違って見えるものなのよ」
「……それじゃあ、さ。お前の一族は、皆ヨツテだって言ったけど……今こうして戦争がどんどんひどくなってることにも、全員納得してるのか?」
「周りに聞かなきゃ何も出来ない子供じゃないのよ、私達は。貴方はどうだか知らないけれど、少なくとも私は夜伝の長なの。逆らう者などある筈がない。全員が納得しているのかより、私がどう決めたかということの方が重要なのよ」
「何だよそれ。お前だって十分、子供のくせに!」
「違うわ、子供なんかじゃない。貴方と一緒にしないでよ」
「俺は子供じゃない! 少なくとも、おまえみたいにいい加減に決めたりしないんだからな。俺には……ちゃんと、守りたいものがあるんだ」
「やっぱり子供ね。気持ちだけが先走って、状況が見えてない。だからこんなふうに利用されるのよ」
「なんだと……!」
 がらんとした武器工場の入口で、タカシと少女は正面から睨み合う。
 その間に慌てて入ったのは、意外にも、それまで隅で震えていた筈の子供だった。
「けんかしちゃ、だめ」
 泣きそうな顔で言うと、二人の真ん中に立って口をへの字にする。いや、『泣きそう』と言うよりも、既にその目には涙が滲んでいた。
「けんかしないで」
「……しやしないわよ。それこそ子供みたいじゃないの」
 先に口を開いたのは、少女の方。
 ふてくされたような声だが、胸が痛くなるような子供の涙を見たせいか、先ほどより態度が和らいでいる。
 そうして、そのままタカシが何か言う前に、
「貴方、確か眠り病のことを知りたくて、陛下に謁見するつもりだと言っていたわよね。売られてくる前からそう決めていたって」
「そうだよ」
 結果は、当初の計画とは大きく違ってしまったが。
 むっとしながらそう答えると、少女は前髪をかき上げ、揶揄するような眼差しでタカシを見た。
「先に言っておくけど、あなた、あんまり期待しない方が良いわよ。今の陛下がムネリを特別視するとは思えないし、下手をしたら首が飛んじゃうんだから」
「ヨツテは特別だってこと、まだ自慢したいのか?」
「そうじゃない。これは忠告よ、しっかり聞いておいた方が貴方の為。まあいいわ、アドルスのお迎えは今夜だから、それまでにしっかり陛下に取り入る方法でも考えておくことね。霧練りの出来ないムネリさん」
 勿論、少女はムネリを馬鹿にしているのだ。
 むしろ憎んでさえいるようなそ口振りに、タカシは何故だか、怒るより先にひるんでしまった。
 彼女の中に、その名よりも黒く冷たい何かが、深く沈み込んでいる気がして。







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