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「落ちてゆく夢の終わり」

壺毒の病@
 タカシ達を乗せた馬車は、大通りを抜けて、きらびやかな建物の並ぶ一角に入って行った。
 前方には銀砂をまぶしたような煉瓦の建物が見えており、馬車の中からでは分かり辛かったが、どうやらそれこそが、湖の国の王の住む城であるらしかった。
 門番に簡単な挨拶だけを交わして城門の前まで辿り着いた馬車は、玉砂利の上で小刻みの音を響かせながら、ようやく停車する。
 途端に御者が、駆け寄って来た衛兵の一人と何事か言葉を交わし始めた。
「今日の陛下のご機嫌はいかがなものかね」
 ぽつり、と呟かれたアドルスの声に、タカシは何気なく、その油切った顔に視線を移す。
 気のせいだろうか。彼の言葉には、わずかな畏怖が込められているように感じられた。
 この男も、やはり王様が怖いのだろうか。
 思わず不審げな顔になってしまったタカシに気付いたのだろう。アドルスはごまかすようににやりと笑うと、
「ところでお前、どうだったんだい、夜伝の町は。ヨツテとムネリが一緒に過ごしたと言うのは実に面白い状況だが、カナから何か為になる話でも聞けたかね?」
「……別に」
「おいおい、そうつんけんすることはない」
 言って、アドルスはおおげさに手を振った。
「そりゃあ、無理にこの国に連れて来たのは悪かったがね。私はそれ相応の金を支払ったんだから、後のことにまで責任はとれないよ」
「なんだよそれ……」
 勝手な言い分にむっとすると、アドルスはいよいよ楽しそうに笑って、肩をすくめた。
「いや、なに、ここできちんと確認しておかなくちゃいけないと思ったんだよ。少なくともお前がきちんとものごとを理解しているなら、ここまできて陛下の機嫌を損ねるような真似はすまいね」
「アドルス様。許可が下りましたので、中に入ります」
 その時、戻って来た御者が告げたので、アドルスは満足そうにタカシ達を振り返った。
「今日はすんなり通れたようだ」
「……いつもは、違うのか?」
「色々だよ。その日によって、まるで違う。それよりお前達、陛下に向かって余計なことは言わないように。分かっているね?」
 真剣な声に、真剣な眼差し。
 物珍しそうに窓の外を眺めていたはずの子供でさえ振り返るほどの深刻さに、タカシはまじまじとアドルスを見つめた。
「なんだよ、急に」
「急なつもりはないよ。私ははなから注意していたはずなんだがね、お前達がまるで理解していないだけで」
「……理解って、なにを」
「陛下のことだよ」
 言って、アドルスは声を低くする。
「そもそも我々への陛下の信頼は、絶対ではない。何しろ最近では、謁見許可を貰うのにも苦労するほどなんだからね。まあ、ヨツテに限って言えば別だが、それだって連中が信頼を受けているからではない、損得勘定あってのものだ」
 しばらくの後、また動き出した馬車の中で、アドルスは弛んだ腹を無理に起こしながら口髭を指で引っ張った。
「私達商人はよそでも生きていけるし、どんな相手とも商売が出来る。それ、森の都の連中とだってね。だけど陛下は自分がいなくとも生きていける人間のことは信用なさらないから、金が源、戦争あっての商売相手の夜伝を何より信頼なさっているというわけだ。戦に怯え、王に怯え、間諜が混じっても分かり辛い商人とは違って、ヨツテ達は陛下のお陰で今の立場があるからね。陛下に害を及ぼす可能性がまずないし、その必要だってない」
「……何が言いたいんだよ」
「今現在、陛下は夜伝のことをとても信頼なさっている。それこそ、私達のことなどより、余程ね。それはあまり面白いことではないんだが、しかし、そのお陰で我々もお目こぼししてもらっている部分もある。私達商人と夜伝とは、その辺、うまく手を取り合ってやってきたというわけだ。
 しかし、お前が余計なことを口にすると、その関係が崩れてしまう。夜伝への陛下の信頼が消えてしまえば、我々にまで影響することになるんだよ」
 タカシは眉をひそめた。
 一体、アドルスが何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「ええい、まったく、飲み込みの悪いヤツだ。つまり、陛下と夜伝は商売上巧くやっているだけで、もし夜伝にとっての大口の取引相手が他に出来たとなれば、その信頼もすぐに消え失せてしまうと言っているんだよ! そうすると、夜伝と手を組んでいる我々にまでとばっちりがくる。だからお前達も、奴らが森の都の人間に武器作りの技術を漏らしていること、それだけは告げ口するんじゃないぞ。何しろ、」
 言って、アドルスは汗ばんだ顔で苦々しく呟く。
「ご機嫌を損なった陛下は、誰かれ関係なく、処罰を与えるのだから」
 なんだよそれ、とタカシは冷めた目でアドルスを睨む。
 要するに、アドルスは保身のために、タカシに口止めしているのだ。それも遠回しに「我々に害が及べば、お前だってただじゃ済まないんだぞ」と脅しをかけながら。
 人を傷つける物を作ったり売ったりして、富を得る商人。タカシには理解できないが、道徳に反する仕事をする彼らにも、守らなければならないルールが存在するのだろう。
 勝手な話ではあるが、そうした計算づくの関係が、今のアドルス達を守っているのだ。
 ……だが。周りの人間が口を滑らしただけでなくなるような信頼は、果たして信頼と呼べるのだろうか。
 タカシがそういぶかしんだ時、いよいよ馬車が長い長い庭園を抜けて、お城の玄関前の丸い噴水のそばに止まった。
「とにかく余計なことは話さないように。もう一度言うが、これはお前の首が飛ばない為の方法でもあるんだからね」
 猫なで声で言ったアドルスに、タカシは口をつぐんだまま返事をしなかった。
 半分は、意地になっていたのかも知れない。







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