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「落ちてゆく夢の終わり」

壺毒の病F
 タカシを城内に連れ戻した青年はまだ二十半ばの兵士で、自らを湖の国の近衛隊長の息子・ルーベであると名乗った。
 七人の王女達の幼馴染みでもある彼は、彼女達に同調して国を出奔、今は離宮の護衛軍の隊長を務めているのだと言う。
 普段は王女達を守る為に城内にいるが、戦況の厳しくなった今では度々戦地にも立つらしい。
 王子と聞いても納得出来る、品の良い誠実そうな顔立ちの彼に連れられて、タカシはひとまず王女達のもとに戻ったのだった。
「本当に良かったわ、貴方が無事で。急に飛び出して行くのですもの。驚いたのよ」
「この少年は霧練りで雨雲を作り、火矢の攻撃からこの城を守ってくれたのです」
 ルーベが詳しく説明すると、二人の王女の瞳に驚きが宿った。タカシはひどく照れくさかったものの、自分ではなくムネリの存在価値を初めてきちんと認めて貰えた気がして、反面ひどく嬉しかった。
「それにしても、驚きました。生きているうちにこの目で『霧練りの技』を見ることができようとは」
「お母様に、貴方が霧練りだと言われたときは半信半疑だったけれど……雨の少ないこの時期に、恵みの雨をもたらしてくれたのだもの。惜しむらくは、この目でその技をみることができなかったことだけれど」
 微笑む王女に、ルーベも笑った。
 結局その後、ルーベは制圧軍に関する報告を済ませて戦場に戻ってしまったが、その頃には王女達のタカシへの信頼は、すっかり強まっていた。
「私達は普段、地下に隠れているの。本当はよほどのことがない限り、そこには人を招き入れないのだけれど……貴方になら、案内しても問題はないでしょう。ここは危険だから、今のうちに地下にいらして」
「……地下、ですか」
 言って、タカシは頷いた。それで城内ががらんとしていたのか、と今更ながらに納得しながら。
「だけど、さっきはびっくりしたわね。今は休戦協定が結ばれている最中だったのに、突然、敵軍の攻撃が始まったんですもの。貴方の到着があと少し遅かったら、危険だったわね」
「それに、休戦協定中でなければ、私たちも地下にいたはずだから……」
「まるで誰かに呼ばれたようね。貴方を迎え入れる為に、束の間休戦して、私達が地下から出ていて」
「はい」
 そうですね、と頷きながらも、タカシはふと子供のことを思い出した。
 眠っていたはずのナナを目覚めさせ、湖の国の王さえ「こちら側」に呼び戻し、そしていつも自分のそばにいてくれた小さな姿。
(あいつがそばにいたなら、こんな偶然も不思議じゃなかったんだろうな、きっと)
 何故なら、出会って間もない、本当の名前さえ知らないあの子供は、これまでにもっと凄い「不思議」を見せてくれていたのだから。
(あいつ……どこに消えたんだろう……)
「タカシ? どうしたの?」
「あ……なんでもない、です」
「……お友達のことが心配なのでしょう。無理もありません、故郷からずっと一緒に旅して来たのだものね。でも、お母様も出来る限り手を尽くして下さるそうだから」
 地下に下りて行く暗い階段の途中で、王女達は熱心にタカシを慰めたくれた。もちろん、そんなことで不安は消えたりしなかったが、誰かが自分と同じように子供のことを心配してくれている、という事実が、タカシには有り難かった。
 かぼそい蝋燭の炎に照らし出された階段は、ねっとりと絡みつくような憂鬱さを地下から漂わせている。
 その中を慣れた調子で歩きながら、王女は更にこう続けた。
「貴方は、眠り病患者である妹さんの為に、私達の妹に会いたがっていたのだそうね」
「え……」
 タカシは弾かれたように顔を上げた。
 それから暗がりに浮かび上がる年上の王女の顔に向かって、思い切り何度も頷いてみせる。
「そうです! 俺、治療法が知りたくて!」
「けれどお母様は、治療法はないのだと説明したのですね……ラシュについて語ることは私達にとっても禁忌です。けれど貴方には、知る権利がある。お母様もそう思ったからこそ、貴方をこの離宮に運んだのでしょう」
壁の燭台の並びが途切れそうになった頃、長い長い階段にようやく終わりが見えてきた。
 まず、王女の1人が扉に手をかけ、ぎぃぃぃ……と重い音を響かせてそこが開くと、向こう側で待ち受けていた四人の王女達の姿がぱあっと浮かび上がった。
「お姉様!ご無事だったのですね」
「まあ、ムネリさんも一緒よ!」
 自分より背の高い王女達に取り囲まれて、タカシは目を白黒させる。全員が同時に喋るものだから、誰が何を言っているのかさっぱり分からない。
 ほとんど身動きが取れなくなっていると、やがて奥から現れた一番年長らしき栗色の髪の王女が、慌ててタカシを救い出してくれた。
「皆、落ち着きなさい。これでは前も見えないわ」
「だってお姉様、私、ムネリさんと初めてお会いしたのですもの」
「森の都の奇跡の人」
「私達、上に行きたいのを、ずっと我慢していたのよ!」
「お姉さま方ばかり、先にムネリさんとお喋りして、狡い」
 誰もがタカシに深い興味を示している。
 と言うより『ムネリ』に対して……年長の王女は何とか全員をなだめると、とりあえずタカシをその場から離れさせた。
 そのまま、第一王女と名乗った彼女の先導のもと、地下の、更にずっと奥にある静かな一室に案内される。
「ここは?」
「中にお入りなさい。この奥に、貴方の会いたがっていた私の妹、ラシュ王女がいます」
 薄々そうではないかと予想していたものの、実際に説明を受けて、タカシはごくりと息を呑んだ。
 あれほどタカシが知りたいと思い、その為に湖の国までやって来た理由……眠り病の治療法と言う大きな秘密が、この奥の部屋、すぐ目の前にある。王妃が説明を拒み、王女達まで禁忌と語った治療法の真実が。


 タカシは扉がわりの垂れ幕を上げると、中を覗き込んだ。


 そうして見たのだ。寝台の上で眠り続ける、小さな王女の姿を。

 






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