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「落ちてゆく夢の終わり」
- 霧練りの少年E
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こぽこぽ、と。
遠くで奇妙な水音に似た何かが響いている。
音の正体は分からない。けれどぼんやりとその音に身をゆだねるうち、やがて自分が、不思議な鉄色の部屋の中に立っていることに気付く。
最初のうち、景色はひどくぼやけたものでしかなかった。
まるで水の中にいるように。けれど焦点が合うと、自分がそれまで見ていたものが、殺風景な部屋であることが分かってきた。
何もかもが鉄色をしたその中で、正面に作られた巨大な格子模様の窓だけが、それぞれ赤や緑や青の光を点滅させている。
『もうこんなにも“赤く”なってしまった』
声は、その巨大な窓のすぐ側に立つ、小さな人影から聞こえてきた。
だが……本当にそれを「小さい」と言って良かったのだろうか?
対比の問題だ。
人影が小さいのではなく、窓の方が大きすぎたのだ。
近付いてみると、人影は自分とほとんど変わらない大きさである。
巨大な窓の前でうろうろしていたその姿が、不意にこちらを振り返った。
逆光で良くは見えないが、驚いたことにその頭には、だらんと下がった茶色の耳がついている。
『時間がない。この分ではまた、同じことの繰り返しになってしまう』
聞いているこちらの方が寂しくなるような声で、それ、は言った。
『あの時に止めておくべきだった。これ以上彼らに期待することは罪なのだ。“善意”ですら、その形を変えて深く奥底に沈んで行ってしまったのに……』
苦しそうに言って、ゆっくりと顔を上げたもの。
それは犬だった。
穏やかな茶色の瞳をした犬が、まるで人間のような仕草でそこに立っていたのだ。そして……。
『約束の回数はとうの昔に過ぎてしまっている。それでもまだ同じ結末を迎えるしかないのなら、彼らはその程度の存在だったと言うことなのだ。我々が絶望する必要はないよ』
ふっと、犬の隣りに新たな影が現れた。
また、人ではない。今度のそれは、二本足で歩く、いかにも利口そうな猫なのだ。
『心にもないことを言うな。再び繰り返すことを一番に承諾したのは、お前だったのではないか』
『だが……我々の希望など意に介さず、彼らは自由気ままに過ごすばかり。愚かなのは我々の方なのかも知れないな。懐かしい日々を忘れられずに、いつまでもこのような……』
『せめて』
犬の顔をした男が、潤んだ茶色の瞳でじっと虚空を睨み付けた。
『せめて、ただ一つ残った希望の光が、消えずに済んでくれるなら』
視界に広がる巨大な窓……スクリーン。
そこに映る格子模様のパネルの色のほとんどが、既に赤く染まっている。
危険信号のように不気味に光る赤が最後に映って、
そうして。
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……はっと目を覚ましたタカシは、荒い息をつきながら、その場に跳ね起きた。
ここは、自分の部屋だ。
無意識のうちにそれを確認して、タカシはようやく安堵する。
カーテンの向こう側にある朝日が室内を照らし、天井の梁の合間に微妙な陰影を作っていた。
それらをじっと眺めて、タカシは大きく吐息する。
(何だあ、今の夢)
隣には、ぐっすり眠っている子供の姿。
その穏やかな表情を見るうち、早鐘を打っていたタカシの胸が、次第に落ち着きを取り戻した。
(ほんとに変な夢だったなあ)
夢の残影は、けれど森の都に訪れる目覚めの気配に、少しずつ薄れていってしまう。
もう一度眠りにつき、そうして目覚める頃には、タカシは自分の見た夢の内容をすっかり忘れてしまっていた。
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