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「鎮魂の社」

<終>
  ……眩しい……。
 光を感じて、僕はぼんやりと瞳を開いた。
 何だか頭がふわふわする。
 目を開けたのに、そこにある物がきちんと形になって見えるまで、数秒の間があった。
 天井、だ?
「エイちゃん、気が付いたの!?」
 瞬きしてる間に腕を動かしていたらしい。
 気付いた誰かが、僕の顔を覗き込んできた。
「……洋子さん……?」
「良かった。みんな来て、エイちゃんが起きたのーっっ」
 その声を合図にどたどた廊下を走る音がして、いきなり部屋の中に志沢の姉さん達が飛び込んできた。
「エイちゃんっ」
「良かった、心配したのよ!?」
「隆史が連れて帰った時なんて顔面蒼白でっ」
「また霊障なんですって? 気分は良いの!?」
「……ええと」
 だ、駄目だ。認識がついてこない上に、姉さん達に飛びつかれて余計に息が苦しい。
 ここって見覚えがある、志沢の座敷だよな。
 確か僕がお世話になってた頃に用意して貰ってた空き部屋だ。
 だけど何でこんなところに?
 働かない頭で考えながら、僕は更に眉根を寄せる。
 そうだ……確か、夢を見ていた気がする。
 懐かしいような悲しいような不思議な夢。
 気分がふわふわしている辺り、悪夢じゃないから正夢ではないと思うんだけど……思い出せないんだよな……。
 なんてぼんやり考えてるうちに、抱きついてくる姉さんズの重さに耐え切れなくなってきた。
 思わずぐえっと音を洩らした途端、今度は静かな足音が聞こえて、座敷に隆史が入って来る。
「おい。このままだと詠が窒息死する」
 布団の中で姉さん達の下敷きになった僕を、相変わらずの仏頂面で見下ろしながら。
 隆史はじろっとこっちを睨み付けた。
「ほら、出て行けよ。後は俺がお祓いしておくから」
「何よ隆史、私達だって凄く心配したんだからねっ」
「そうよー! もう少しだけエイちゃんのそばに」
「……退場」
 冷ややかな声で言って、隆史が襖を指差す。
 姉さん達はぐっと言葉に詰まると、恨めしそうな顔でぞろぞろと座敷を出て行った。
「詠。気分はどうだ? かなり体力を消耗していると思うが」
 言われるうちに、ようやく記憶がはっきりしてきた。
 そうか。
 あの時、境内で闘う隆史と桐塚さんの間に割って入ってから、僕……気を失っちゃったんだ。
「桐塚さんは? あれからどうなったの!?」
「フツノミタマ大神なら、追い返した。こいつも奪い返しておいたから、しばらくはちょっかい出せない筈だ」
 言って、隆史が差し出したのは生玉だった。
 静かなオーラを流している艶やかな勾玉だ。
「本当に助かったよ。詠が来てくれたお陰で、何とかあいつを撃退できたんだ」
「……僕、霊障で倒れたことになってるんだね」
 ああ、って隆史が頷いた。
 そりゃそうか、神様同士の争いに巻き込まれて失神しました、なんて、説明出来る筈ないもんな。
「叔母さんにもきちんと連絡しておいた。今日は泊まっていけ」
「待って、隆史」
 立ち上がり掛けた隆史を、僕は咄嗟に呼び止めた。
 ごく自然に「隆史」って呼んだ僕に、隆史はちょっとだけびっくりした顔になってる。
「高石さんに聞いた。隆史は、ずっと僕を守ってくれてたんだって。あれは、本当?」
「どう解釈してもいい。言い訳はしないって言っただろ」
 躊躇も何もない、真っ直ぐな返答だった。
「お前が俺を恨むのは仕方ない。今も、そう思ってるよ。だから安心しろ」
「そうじゃなくてっ」
 そんなことが言いたいんじゃないんだ、僕は。
 布団の中で身体を起こすと、僕は覚悟を決めて口を開いた。
「父さんと母さんが亡くなった時、僕、入院してたよね。あの時のこと覚えてる?」
「え……ああ、覚えてはいるが」
 何でそんなこと聞くんだ? って顔してる。
 だけどこれは、僕にとって大切な質問なんだ。
 隆史は気付いてないだろうけど。
「僕、父さんと母さんが死んだって知らなくて、何で一人ぼっちなんだろうって寂しかった。だけど隆史がお見舞いに来てくれたお陰で、気が紛れて……一人じゃないって思ったんだ」
 水縄神社からかなり離れた市民病院。
 子供の足、しかも歩きで通うのは大変だった筈なのに、隆史は毎日飽きずにお見舞いに来てくれて、いつもと同じように僕に接してくれた。
「教えてくれたよね。神様が一人ぼっちで居た時に、唯一光を運んでくれたのが僕だったんだって。勿論、僕には神様の孤独なんて分からないし、想像もつかないけど……でも、寂しいってことの意味は良く分かるつもりだよ。それから、寂しい時にそばにいてくれた人が、どれだけ大切に思えるのか……ずっとそばにいたいって思う気持ちもね」
 隆史は、何も言わなかった。
 じっと僕の目を見ている。
「僕、偽物だって言って怒っちゃったけど、隆史は隆史だったんだよね。隆史、急に変わっちゃったじゃない? 多分それが入れ替わりの時期だったんだろうって思ってたんだけど、高石さんの話じゃ、もっと昔から隆史は隆史じゃなくなってたんだろ?」
「あれは……お前の能力の高まりに並行して俺の力まで強まったお陰で、段々と隆史の人格を真似るのが難しくなってきたんだ。限界までは頑張るつもりだったんだが、結局は自我が強まりすぎてこうなった。悪いとは思ってるよ、お前の知っている隆史じゃなくなったんだからな」
「だからそうじゃないんだってば! 隆史は隆史なんだよ、うまく説明出来ないけどっ」
 怒鳴ってしまった。
 こいつ、神様の割には頭の回転が鈍いぞっ。
「裏切られたって思ってる訳じゃない。そんなんじゃなくて、僕は……その、アレだよ。隆史が僕を助けてくれたんなら、今度は僕の番だって、そう思って」
「詠。それってつまり、」
 困ったように、隆史が僕のそばにしゃがみ込む。
「俺の存在を認めてくれるってことか?」
「認めるって言うか、お前もう隆史になっちゃってるし。今更出て行ったら、姉さん達がびっくりするだろ? だから……仕方、ないじゃん」
 ご免な、隆史。
 死んでしまった本物の隆史に、僕は心からそう思った。
 これってお前に対する裏切りかも知れない。お前の身体を使ってる神様を許して、そばに居ていいなんて言って。そんなのは僕が決めることじゃないし、そんな権利だってない筈なんだけど。
 それでもやっぱり、僕、こいつがいなくなったら寂しいんだ。
 あの時、桐塚さんと隆史の間に割って入った時に感じてしまったこと。僕が友達だって思っていたのはやっぱりこいつで、それが偽物でも、今の僕には関係ないんだって……僕と友達になったのは、偽物の方の隆史だったんだって、そう認めてしまったから。
 恨んでるかも知れないけど。
 それでも僕は、こいつにここに居て欲しい。
「僕ってさ、霊を集めたり、神様の力を強くしたりする、凄い能力者なんだろ? 自分じゃ良く分かんないけど……守ってくれるんだよな。そう、約束したよな」
「……ああ。約束した」
「だからいいよ。頑張って僕のこと、守ってよね」
 友達でいて欲しいって、うまく言えない。
 言えないから、僕はそんなふうに隆史に言った。
 これまでみたいに守ってよって。
 いつもと同じように……同じ、通りに。
「いやあ、感動的ですねぇ、これは」
 隆史の表情がようやく和らいで、僕も自然に笑顔になれた、そんな時。
 不意に声が降ってきて、僕達はその場にかたまってしまった。
 咄嗟に立ち上がった隆史が廊下側の戸を開けると、そこには桐塚さんが、にこにこしながら座っている。
「変わらぬ友情を誓う少年と神様の図、ですか。本当に微笑ましい、羨ましい限りです」
「〜〜〜美那子っっ!」
 叫んだ拍子に、空中から降ってきた白い鳥が、桐塚さんのすぐそばでくるりと空中回転した。
 途端にそれは高石さんの姿に変化して、いつでも桐塚さんに攻撃出来る位置に立つ。
「お呼びですか」
「こいつを追い出せ。今すぐにだっ」
「まあまあ落ち着いて下さい、今日は挨拶に来ただけなんですからね」
 ひらひら手をなびかせて、桐塚さんが僕に微笑み掛けた。
「貴方達には生玉を奪われ、更にはこの神社から追い出されてしまいましたがね。神崎詠君の能力がこれ程までに強いとは、まさに予想外でした。それとも勝利の要因は絆の強さとでも言いましょうか」
 こ、この人は、不法侵入しといて何こっ恥ずかしいこと言ってんだーっ!?
「言いたいことはそれだけか」
「だから落ち着きなさいって。心配しなくとも私はこれだけ弱ってるんです、フルノミタマ大神の推測通り、しばらくは貴方達に攻撃なんて出来そうもありませんよ。……神崎君」
「はっ、はいっ」
 思わず返事しちゃったよ。
 隆史と高石さんがさりげなーく僕を庇う位置に回る。
「貴方に興味がわきましたよ、私は。最初はフルノミタマ大神の力をそぐことが出来ればいいと思っていたのですが、もう少し様子を見させて頂くことにします。何しろこれほど面白いものは滅多にありませんからねえ」
「お、おもっ、面白いって、」
「それだけ伝えに来たんです。では、また近々挨拶に来ますよ」
 さようなら、なんて余裕で言って、桐塚さんはその場から姿を消してしまった。
 残された僕達は、呆然としたまま消えた桐塚さんを見てたんだけど。
「……隆史。頑張ってね、あの人、結構しつこそうだから」
「もともとは戦いに使われた神剣だからな。厄介ごとが大好きなんだろう」
 うんざりしたように言った隆史に、だけど僕は、思わず笑ってしまったんだ。
 だってさ、
『詠ちゃん、帰ろうよ。ぼくもうやだよお』
 そう言って僕の後からくっついて来た隆史と、その顔はそっくり同じだったから。




 そんな訳で、僕の近所には、神様の住む神社がある。
 自分を奉った神社の跡継ぎ、なんて妙な立場に居るこの神様は、実は僕の友達なんだけど……。

 これは、僕と隆史だけの秘密なのである。



【終わり】






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