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「鎮魂の社」

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  絶対に、怪しい。
 家の近所の公園まで送って貰った僕は、帰って行く隆史の後ろ姿を見送りながらも、力を込めてぎゅっと鞄を抱え込んだ。
 あの声は……光るものを捜している、と言った声は、絶対に人間のものじゃなかった。何となくそんな感じがした。
 こんなことは前にも何度かあったし、恐いのは恐いけど、訳が分からないパニック状態ってほどでもない。
 おかしいのは、志沢家の人達の態度なんだ。
 例えば隆史、いつもならこう言う場合は毅然とした態度で「これこれこう言う状況だったからこんなことが起きたんだろう」みたいな説明をしてくれる筈なのに、今回に限って何も説明してくれない。
 洗面所から戻った後も謎の声についてのコメントはなかったし、最初から何も起こってないって態度で僕を志沢の家の外に出してしまった。
 それに姉さん達も妙だ。
 志沢の家に生まれた割には霊感ゼロって人達が、どうしてか事情を知ってるみたいな態度で愛想笑いなんか浮かべてた。
 もしかして、僕に話せないことなんだろうか。
 けど、今更隠し事って言ってもなあ……。
 志沢の家は『普通じゃない』から、何が起こっても不思議はない。
 だけど付き合いが長くて霊体験だって豊富な僕には、秘密にしておかなきゃいけないことなんてない筈だった。
 だったら何なんだよ、この状況はっっ。
 イライラしながらも時計を見ると、時刻は既に八時を回っている。
 水縄神社に寄り道するのはいつものことだけど、ここまで遅くなると叔母さんに心配かけちゃうなあ。
 仕方ない、とりあえず今日のところは家に帰るか、とため息をついて夜道を再び歩き出した僕は、だけどその時、がしゃん、と言う物音を聞いて足を止めた。
 ……何だ、今の音。
 思わずびくついてしまった僕は、嫌な予感を覚えつつも、恐る恐る背後を振り返った。
 ああ、ぞくっとする。
 映画や本なんか見てると、いつも「この主人公は恐いと分かってて何でいちいち後ろを振り返るんだろう」なんて思うけど、実際こう言う状況になると、物音の原因を確認しないと逆に恐くて仕方ない。
 闇の落ちた通りで、どこかの家の玄関の明かりがちらちら瞬いていた。
 静まり返った人影のない世界でじっとしていると、遠くから聞こえる犬の鳴き声が、さっきの物音の名残を散らしていくのが感じ取れる。
 やっぱり、何も聞こえない。
 さっきのは気のせいだったのか……それとも、どこかで酔っぱらいがゴミ箱でもひっくり返したのかな。
 じっと耳を澄ましていると、何だか妙に背後が気になった。
 何もいないのに、誰かの気配がうずくまっているような気がする。
 もう一度背を向けたら、途端に襲いかかってきそうだ。
 しばらく迷った挙げ句、僕はこっそり公園への道を戻り始めた。
 角を曲がると、公園の入口のごみ捨て場が見える。そこにちらちら動く人影を認めて、僕は思わず「ぎゃっ」と腰を抜かしそうになった。
 僕の声に気付いたんだろう、人影が静かに立ち上がる。
 怯えて後ずさると、それはゆっくりと近付いて……制服姿の女子高生に変化した。
「あれ……た、高石さん?」
「こんばんは。御免なさい、驚かせちゃったかな」
 見間違いじゃない。
 そこにいたのは、隆史の『彼女』こと高石美那子さんだった。
 今時の女子高生にしては珍しい、長く伸びした清楚な黒髪を一つにまとめて、目鼻立ちのすっきりした白い顔がほころんでいる。
 状況を忘れて、僕は思わず綺麗で可愛いその顔に見惚れてしまった。
「え、ええと、どうしたの? こんな所で」
「委員会で帰りが遅くなったから、近道しようとして、ここでつまづいたの。真っ暗で見えなかったせいね……ゴミ箱がひっくり返っちゃって」
 困惑した声に慌てて駆け寄ると、確かに大きな公園用のゴミ箱がひっくり返って、中身が辺りに散乱してしまっている。
「きちんともとに戻さなきゃって思うんだけど、暗くて良く見えないの」
「派手に散っちゃってるね、確かに。でもきっと大丈夫だよ、明日ゴミの回収日だし、役所の人がまとめて運んでくれるんじゃないかな」
 ちょっと無責任かも知れないけど、この暗がりじゃゴミ集めは相当苦労しそうだ。
 まだ気がかりそうにしている高石さんを説得すると、もう暗いから家まで送るよ、なんて格好良いことを僕は言った。
 それにしても凄いラッキーだ。
 まさかこんな所で高石さんと会えるなんて!
 高校に入学してすぐ隆史と付き合いだした彼女は、うちの学校じゃ学年問わず固定ファンのついているアイドル並の美少女だった。
 整った顔立ちは大人びて、単なる美人て言葉じゃ説明がつかないくらい、綺麗なんだ。
 黙っていると声をかけるのが躊躇われるくらいの美貌の持ち主なのに、笑顔を見せるともの凄く可愛くなる。
 それだけじゃない、物静かで神秘的な雰囲気も重なって、実は初めて見た時から、僕は彼女のことが気になっていた。と言うより、一目惚れだったと思う。
 隆史と高石さんが付き合い出した時、ファンクラブまで作ろうとしていた男子全員がむせび泣いたもんだけど、多分、僕くらい複雑な気持ちでヘコんだヤツは居なかったろうな。
 せめて高石さんの彼が全然知らないヤツだったり……同じ学校の生徒でもいいから、顔と名前しか知らないような男だったら、ここまでがっくりこなかったと思うんだけど。
 また隆史と並んでるとめちゃくちゃお似合いって言うのが余計に腹立つんだよなあ、美男美女カップルなんてドラマの中だけで充分だってーのっ。
 そこまで考えて、僕はおやと思った。
 ここから水縄神社はかなり近い。もしかして高石さん、隆史の家に寄って行くつもりだったんだろうか。
「あの……高石さん」
「なに?」
 家まで送るよ、と宣言したのに、僕たちの足はいつの間にか僕の家の方角に向かっている。
 聞けば同じ方角だと答えるので、まさか方向転換する訳にもいかず、僕は尋ねた。
「この近くに隆史の家があるんだけど、知ってる、かな」
「知ってるよ。水縄神社だよね」
 知らない筈がない。
 そりゃ、付き合ってるんだもんなあ。
「もしかして、行こうとしてた?」
 会話の繋がりから仕方なく尋ねると、高石さんは曖昧な笑みを浮かべて立ち止まった。
 見れば僕の家の玄関の前である。
「私の家、このすぐ近くなの。だから送って貰わなくても大丈夫だと思う。じゃあね」
「え……いや、あの」
 これじゃ、僕が彼女に送って貰ったみたいじゃないか!
 焦って追いかけようとしたら、高石さんはそれより先にぱたぱたと足音を響かせて、夜闇の中に姿を消してしまった。
「高石さん、足、はやっ」
 それにしても彼女、この近くに住んでたんだ。
 住所なんて調べたことなかったけど、名簿でも見てみようかな。
 なんて考えながら、僕は玄関のドアを開けた。
 志沢の家の異変についてすっかり忘れていたことに気付いたのは、迂闊にも次の日の朝になってからだった。




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