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「かみさまの木」

白い手紙の謎I
「私はあの子が犯人やて思うんです。そうとしか思えへん。前に見てしもてるもの……あれは丁度昌子さんと一緒に、診療所の消耗品の買い出しに行った時です。あの子が同年代の子供数人と、林の中で喧嘩してたんですわ」
 身を震わせつつ、文子は切々と語り始めた。

 その日、林道で見た章太は捕まえたガキ大将に馬乗りになり、顔を何度も殴っていたのだと言う。
 昌子と文子が呆然と見守る中、他の子供達が章太の余りの剣幕にわあわあ泣き出しても暴力は止まらず、結局二人が駆けつけるまで、章太は気違いの様にガキ大将を殴り続けていたのだった。

「その時、昌子さんが言うたんです。このことは誰にも言わんとこうて。何でやて聞いたら、私もあの子も孤児やから、あの子が何かを胸に抱えて苦しんどるのが分かるんですて言うてました。私が相談相手になれば、少しはあの子の気を楽にさせたげられるかも知れへんて。それからは昌子さん、あの子が診療所に来ると必ず、どんだけ忙しゅうても出て行って相手したげてたんです。それが効いたんか、あの子も段々と暴力振るわん様になってきて……まあどこぞで喧嘩はしとるみたいで、いっつもかすり傷やら怪我やら作ってきてたんですけど。そのうちあの子は頻繁にウチ来るようなってきて、週に一度やったんが最近では毎日の様に通うて来てたんです」
「昌子さんて、親おらんかったんか?」
 思わず口を挟んだのは松之助だ。
 そう言えば生前の昌子は、自分のことについて余り詳しく話さなかった。
 文子は松之助の言葉に深く頷くと、
「あの子がここの看護婦見習いやったんは、ちゃんとした学校に通えんかったからなんです。せやから結局は雑用しか出来へんのやけど、頑張る気があるんやったら看護学校通たらええて、ここの先生が言うてくれてたんですよ。それがこんなんなってしもて」
「待って下さい。今の話やと六条章太が三沢昌子を殺す理由ないやないですか」
「刑事さんは見てへんからそないなこと言うんです! あの時のあの子の目……子供殴ってた時の顔、今でも頭から離れへん。もしかして昌子さんがあの子怒らせる様なことしたんやったら、かっとしたあの子に殺されてもおかしないて、それ位は思いますよっ」
「はあ……」
 興奮した文子の剣幕に、村井も頷くしかない。
 とりあえず何事かを手帳に書き込むと、顔を上げて文子の肩をぽんぽん叩いた。
「まあ、どのみち三沢昌子に関係した人にはみんな事情を聞いとりますからね。あの子にも話聞く必要はあるんですよ」
「ほんまに真剣に調べてくれるんでしょうね? 華族相手やから手出し出来へんて、後から言わんとって下さいよ!?」
「か、華族も何も関係ありません、警視庁の仕事は犯罪者を捕まえることです」
 どうやら矜持を傷つけられたらしい、むっとした顔で村井が答えた。
「その証拠に、きちんとこちらの新居さんにも話は伺ったやないですか。とにかく和田さん、今は落ち着いて下さい。患者さんが居る前であんまり騒いだらまずいでしょう、ね」
 言いながら、村井は文子の背中を押す様にして部屋の外に出て行く。
 それを見送り、慌てて扉を閉めると、松之助は幸里に囁いた。
「なあ、今の話どない思う? やっぱりさとっちゃんが見たんて章太なんか?」
「まさか。断定は出来ないけど、そうじゃないと思う。何より僕は章太君のことをそれ程知っている訳ではないし」
 吐息混じりの声で呟いた幸里に、松之助はううむ、と腕組みになった。
 章太について詳しくないのは松之助も同様で、確かに文子の言葉を鵜呑みに出来る程には事情に通じていない。
 それに今は章太以外の問題が山積みになっている気がしてならないのだ。
(昌子さんがどこに外出したんやとか、あの封筒のこととか)
 どうしても、引っかかるのだ。
 あの封筒が昌子と関連のあるものなのか、それとも偶然同じ様な場所に落ちていただけなのか。
 確か昨日見つけた封筒については昌子当人にも尋ねた筈だから、関連があるとは思いにくい。
(せやったらやっぱり偶然? 偶然『タスケテ』って書いた手紙が死体の近くに落ちとった。んな阿呆な!)
 考えれば考える程分からなくなってきて、松之助はいよいよ頭を抱え込んでしまった。
 もともと思い悩むのは苦手なたちなのである。
「助けてか。誰が書いたのかなあ、あの言葉」
 その時、まるで松之助の心の内を読んだ様に呟いて、幸里が例の封筒を取り出した。
「昌子さんはちゃんとした学校に通えなかったのだと、和田さんが言っていたよね。それならこれは昌子さんの字なのかな。多分診療所のどこかに昌子さんの字が残っているとは思うけど……封筒が事件に関係しているのかどうかさえ、今の僕達には分からない」
「さとっちゃん」
 そっと声を掛けると、不意に幸里は意を決した面もちで松之助に向き直った。
「松之助。一つお願いがあるんだけど、構わないかな」





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