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「かみさまの木」

郵便柱函の謎I
「まさか、また新しいのん見つかったんか!?」
「ううん。一つは勿論、あの夜に見つかった『タスケテ』と言う手紙入りの封筒。そうしてこっちの方は、今朝診療所を出る時に森山先生が下さったものなんだ。昌子さんの衣類の中から見つかったんだって」
 幸里がやたらと封筒にこだわっていたことを、森山医師はきちんと覚えていてくれたのだ。
 そうかあ、と頷いてから、松之助はすぐに眼を丸くした。
「ちょい待ち、昌子さんの衣類からって、」
「松之助が無くしたとばかり思っていた封筒は、実は昌子さんが持っていたんだよ。これは僕の推測なんだけど、松之助はあの日、拾った封筒を上着のポケットに入れたまま脱いで、それを脇に退けていたでしょう。昌子さんは封筒の話を僕達から聞いて知っていた。それで松之助がそれを持って帰る前に、抜き取ろうと考えたんじゃないかな」
「何でそんなこと」
「この封筒が昌子さんにとって重要なものだったから……そうしてその理由こそが、昌子さんの死の真相に繋がっているのかも知れない。何故ハゼの木の側に落ちていたのか、何故一通目は白紙だったのか、何故昌子さんはそんな物を盗んだのか、タスケテの文字は誰が何の目的で書いた物なのか。全部を昌子さんの死に繋げるのは乱暴かも知れないけど」
「確かに昌子さんが封筒を盗んだ言うんやったら、何か事件と関係がある気がするな。せやけど何でやろ……中を読まれたないから手紙盗んだ言うんやったらともかく、一通目なんか白紙やったもんなあ」
「もし、白紙の手紙は昌子さんが落とした物だと仮説するよね。そうしたら、次の『タスケテ』の手紙もやっぱり昌子さんの所持していた物と言うことになる。でも、それならどうして最初の手紙が見つかった場所に置かれていたのか、或いは落としたのか。それに身に迫る危機について知らせたいのなら、手紙なんて悠長な方法を選んだ理由は何だろう……第一この封筒自体が謎なんだ。森山医師に聞いたんだけど、昌子さんは元々手紙をまめに書く様な人ではなかったし、こんな洒落た洋式封筒を持っている筈がないんだって」
「昌子さんの字は、調べた?」
 こんがらがってくる頭を何とか整理しようと尋ねると、幸里は僅かに顔をしかめて、
「それが、良く分からないんだ。診療所にあった診察の書類を見たんだけど、全部カナ文字で書かれていたから逆に見分けが難しくて……そうだなあ、書きなぐれば手紙の文字みたいになるかも知れない、そんな筆跡だった」
「あのな、ちょっと思てんけど」
 不意に呟くと、松之助は真剣な表情で幸里を見つめた。
「昌子さん、ずーっと殺されるかも知れへんて怯えとって、それであのタスケテって手紙を書いた……言うんはどないやろ」
「殺されるって、誰に?」
 びっくりして幸里が尋ねると、松之助は相変わらず思い悩む様な表情で、
「こないだ和田さんが言うてたやん、章太が昌子さん殺したんちゃうかて。あの時は和田さんの考え過ぎやて思たけど、ほんまのところは昌子さん、章太と色々話しとるうちに怖なってきて、それであの手紙書いた後で殺されたんちゃうんか」
「章太君が殺したって言うの? 松之助までそんなこと……それだと最初の白紙の手紙の意味が分からないよ。第一、今朝の新聞記事では、昌子さんは頭を殴られてから木に吊された、と書かれてあった。章太君みたいな子供に昌子さんの身体は持ち上げられないよ」
「使用人に頼んだんかも知れへんやん。どうとでも出来るやろ、そしたら」
「それはないと思う。どちらかと言うと章太君は、六条家の使用人達とうまくいっていなかったらしいもの」
 言って、幸里は先日森山医師から聞いた噂話を説明した。
 孤児である章太が、それを快く思わない使用人達から冷たい仕打ちを受けていた、と言う話である。
「章太君はきっと、そのことを昌子さんに相談していたんじゃないかな。友達を殴りつけたのだって精神的に不安定だったからだと考えれば、辻褄が合うよ」
「そやけど俺、見たんや。和田さんの言うてた通りあいつ絶対普通やない。兎引き裂いて遊んどったんやで、普通の筈あらへんわ!」
 兎の件についてはもっと順を追って説明するつもりが、ことこうなっては仕方ない。
 松之助はしばし頭の中で話を整理すると、驚いている幸里に切々と話し始めた……六条男爵と話したこと、案内された庭先で兎を殺していた章太とでくわしたこと、その時の尋常でない様子と、震え上がる様な目つきのこと。聞いていた幸里は次第に険しい表情になった。
「……松之助。章太君は本当に軽い気持ちで兎を殺していたのかな」
「え?」
「僕、以前に聞いたことがある。他者から攻撃を受けた人間は、その鬱屈した思いを別の対象に向けて心の平衡を取ろうとするものなんだって。章太君が抱えている問題は、僕達が考えるよりずっと深刻なものなんじゃ……」
「失礼致します」
 けれど幸里が言い終えるより早く、襖の向こうから淀見執事の声が聞こえてきた。
 振り返る二人の前で襖がすっと横に引かれ、茶器の乗った盆を手にした老執事の姿が現れる。
「お茶をお持ちしました。松之助様、幸里様は診療所から戻られたばかりで疲れておいでです、余りおはしゃぎになられませぬよう」
「あ、はい。すんません」
 通い慣れている松之助が相手だからか、先程まで居座っていた刑事への対応でまだ神経が尖っているのか、軽く松之助を睨んだ初老の執事は、けれど手にしたお茶を二人の前に出しながらふと目を細めた。
「幸里様。それはもしや、是幸様の書斎にあったものでは」
「え?」
 見れば淀見の視線は真っ直ぐ幸里の手の中の封筒に向かっている。
 間違いない、二つの封筒のことを言っているのだ。
「お父様の書斎にあったの? これが!?」
「……はい、確か是幸様が商用で欧羅巴に出向かれた際、お立ち寄りになった仏蘭西で買い求められたものだと伺いました。あちらの老舗の文具社の、非常に珍しい物だとか」
「それならお父様以外の人で、これを持っている人は居ない?」
「いいえ。確か是幸様は、これと同じ物を幾つか土産物として購入され、親しい方々に配っておられた筈です」
松之助と幸里は思わず顔を見合わせた。





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