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「かみさまの木」

郵便柱函の謎J
「淀見、その仏蘭西の封筒はこちらにもあるのかな。見比べたいのだけど」
「はい。是幸様から頂いた私の分がある筈です。少々お待ち頂ければ、探して参りますが」
 すぐさま「お願いするよ」と答えた幸里に、執事は頷きながらも手早くお茶の支度を済ませ、そのまま静かに退室して行った。
 それにしても何と言う偶然なのだろうか。
 探している間は見つからず、思いがけない場所で明かされた封筒の謎の一つに、松之助と幸里は興奮するより呆然としてしまう。
「せやけど、何で新居伯爵の土産物の封筒が、森山診療所の木の上から落ちてきたんやろ」
「……もし淀見の言う通りなら、それはお父様が誰に封筒を配ったのかを調べさえすれば分かる筈だよ。どう言う経緯で昌子さんのところにまで封筒が移ったのか」
 封筒の持ち主を限定する。
 それはすなわち、昌子に手紙を渡した人物、或いは封筒を渡した人物の正体が分かると言うことだ。
「何で昌子さんもわざわざそんな出所のはっきりする様な封筒使たんやろなぁ。あ、封筒の銘柄知られとうのうて隠したんやろか。それやったら最初から使わんかったらええのに」
「昌子さんが使ったのではなくて、誰かから貰ったものだとすれば……」
 呟き、幸里はほっそりとした顔をしかめた。
「昌子さんはずっと章太君のことを案じていた。多分、使用人とうまくいっていないことと章太君の乱暴の理由を繋げていたから……だとすればあの封筒の持ち主は」
「もしかしてさとっちゃん、この手紙の文字、章太が書いたもんや思てる?」
 幸里の呟きの意図する所に気付いて、松之助は目を丸くした。
「でも、それはおかしいで。章太は昌子さんと普段から色々話しとったんやろ、何で今更手紙でタスケテやなんて……あ」
 反論し掛けて、松之助は思わず言葉をのんだ。
 また思い出したことがあったのだ。
 あの日、六条家の庭園で章太が言っていた言葉。
『あんな嘘つき女、どうなってもええ』
『あの女には何も言うてへん。俺は何も知らへんし、あの女も何も知らへん』
 嘘つき女、と言ったのだ。確かに。
 あれはどう言う意味なのだろう。何故これまでずっと相談していた相手のことを詰る必要があったのか。
 幸里にも詳しく話すと、松之助は淀見執事が持ってきたお茶に手をのばした。
「何や余計分からんようなってきた……」
「せめて昌子さんが、あの日どこに出掛けたのかが分かれば良いのに」
「あっ、それやったらええ話があるねん!」
 ここにきて初めての朗報ではなかろうか。
 六条家の帰り道で出会った浮浪者に勘違いから声を掛けられ、そのまま陸市が案を出して彼らの情報網を利用したことを説明すると、松之助は目を輝かせながら両手を拳にした。
「な、凄いやろ? 陸市って頭ええわー」
「うん。それなら確かに僕達が直接調べるより早く結果が出る」
 けれど、返ってきた言葉が思ったより浮かないものだったので、松之助はおや? と首を傾げた。
 幸里はむしろ、説明の中のもっと別のことに気を取られている様だった。
「さとっちゃん? 俺、何や変なこと言うた?」
「……あ、うん。今日一日であんまり沢山のことが分かったから、何を気にして良いのか分からなくなってきて。もう少し整理して考えないとこんがらがっちゃうなと思ったんだ」
 せめて封筒の出所が判明するまでは。
 と告げた幸里に、捜し物を見つけた淀見執事が戻ってきたのはそれから数分後のことだった。
 彼が手にしていたのは間違いなく、松之助と幸里とが木の下で見つけた、あの封筒だったのである。






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