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「かみさまの木」

六条家の謎J
 嘘の様な本当の話だが、その時陸市に銃を渡した危険人物は啓甫だったと言うことが、後になって判明した。

「だってね、前々から松之助が診療所の事件に首を突っ込んでいると聞いていたし、いきなり夜更けに車を出してくれ、ときただろう? これはもう絶対に危険なことをするつもりなんだろうと思って、携帯用に拳銃を一つ持って来たのだよ。行き先が六条邸と聞いた時には驚いたが、何、役に立って良かった。私には先見の明があるらしいね、あっはっは」

 ……松之助と一緒に六条家を訪れた後、客間に通された啓甫は、談笑の途中に突然使用人に呼ばれて席を外した男爵がなかなか戻ってこないことに不安を覚えながらも、しばらくは紅茶を片手に「松之助の奴バレたな」などとのたもうていたらしい。
 そこに駆けつけたのが使用人を突き飛ばす様にして屋敷内に入って来た陸市と幸里で、事情の一切を説明された啓甫はようやくにして「こりゃやばい」と焦り始め、思案の末に恐らくこの中で一番『扱えそうな』陸市に銃を渡し、後は三手に分かれて松之助を探していた、と言う訳だ。
「何が腹立つて、自分で持ってきた銃を使い方分からんからて、陸市に預けてまう親父の根性やな。あれは絶対に自分がヤバイことなりたないからて責任放棄したんや」
 と松之助はぷりぷり怒ったが、その配慮のお陰で命を救われたのだから、正面切って文句も言えない。辛いところである。
 六条邸の騒動から一夜明けて、広々としたお屋敷には、既に十名近い警視庁関係者が踏み込んでいた。
 陸市に右手を撃たれた男爵は、章太から事情を聞いてすぐに警察に連絡を取った啓甫のお陰で、警視庁到着直後にお縄となっている。
 当初は陸市の無礼をわめき、彼を殺人未遂で訴えると騒いでいた六条男爵だったが、怯えながらも事の真相を説明した章太のお陰で、何とか陸市の正当防衛は認められた。
 正直言って、正当防衛にしてもあの時の陸市は怖かったよな、とは思っていても口にしない松之助である。
 警察に連行された男爵に代わって、残された使用人達は慌ただしくご近所や親類縁者、特権階級の知人などへの応対に追われていたが、松之助達は事情聴取の為に警視庁に連れて行かれ、朝方になってようやく解放された。
 因みに幸里が懸命になって警視庁から新居家への連絡を取りやめる様に頼んだり(これは後日の連絡と言うことで妥協された)、松之助が実家に電話連絡して「帰ってきたらじっくり事情聞かせて貰うよって」などと母親に地の底を這う様な声で言われたりと、小さな事後処理はあったが……

 ひとまずは一同、五体満足で事件解決の朝を迎えられた訳である。




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