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「かみさまの木」

六条家の謎L
「……章太君はどうなるのかな」
 ぽつり、と呟いた幸里に、その時不意に明るい声が掛かった。
「それなら大丈夫。私の知り合いで子供のない夫婦が一組あってね、うまく話がまとまればそちらへの養子縁組が決まりそうなんだ」
「おっ、親父!?」
 車に乗り込まずにいつまでも外で話していた子供達の背後に、にょっきり現れたのは啓甫だった。
 彼も警視庁に呼ばれて今まで捕まっていた筈なのだが、子供達と陸市に反してやたらと元気そうなのは何故だろう。
「鷹谷さん、今のお話は本当ですか。章太君の養子縁組みって」
「六条男爵引き留められんとまんまと逃げられて、俺ら危険な目に遭わせてんもんなあ。それ位のことはして貰わんと」
 ジト目で睨みながら呟いた息子の声に、啓甫はじりじりと後退しながら呟く。
「うっ、嫌だな。感謝の気持ちが欲しくてしたことではないけど、やっぱりその言い方は傷つくよ私がっ」
 ここはフォローを入れるべきか、それとも話に加わらずに他人の振りをすべきかと迷っている陸市の横で、啓甫は更に続けて言った。
「まあ、こうなっては六条男爵も社交界復帰は不可能だろうしね。章太君には是非とも新しい環境で幸せになって貰いたいものだよ」
「……ほんまやな」
 しみじみと、松之助は頷く。
 兎を殺していた時の荒んだ瞳。もう二度と、章太にあんな瞳をさせてはいけないのだ。
 昌子が命を賭けてそう思った様に、今、松之助も感じている。
「にしても、木の神様の話てほんまのところどんなんやったんやろ」
「きっと優しいお話なんだね。昌子さんが章太君の為に考えたものだから、章太君が心の拠り所にして、少しでも気持ちを楽に出来る様にって……そんな……っしゅ!」
 呟き掛けた幸里だったが、大きなくしゃみがそれを中断させた。
 続けて二度程せき込んだ幸里に、松之助は真っ青になると、
「うわっっあっかんさとっちゃん、こんな寒い中で突っ立っとったらまた病気が悪なるわ!はよ車の中戻ろ、んでもって屋敷の人らが騒ぎだす前に戻らな……さとっちゃん内緒で屋敷抜け出して来たんやろおっ!?」
「……だ、大丈夫だよ松之助、それより君の足の方がね、あの、ちょっとっ」
 弱々しい言葉を残しながらも車の中に放り込まれた幸里に、啓甫は小さく笑って陸市を振り返る。
「ほんとに、かいがいしいったらありゃしないね。こう言うところも峯子に似たのかなあと私なんかは思うのだけど、陸市君はどう?」
「……啓甫様、何でしたらこのままタカレンにお戻りになっては如何ですか?」
「うわっ陸市君、きみ昨日の活躍の影響か発言が物凄いよ。ただでさえ今回の件であっちは修羅場が来そうなのに、私なんかが顔を出したら死人が出るよ。いやもうほんと」
 冬の夜明けは遅い。
 ようやく白み始めた寒々しい空の下、四人は白い息を吐きながら、いつまでもわいわいと騒ぎ続けるのだった。





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