天涯比隣index > 10

「天涯比隣」

<其の九>
「にしても普賢。おぬし、気付いておったのだの」

 植物の植え替え場所を尋ね、再び森に向かう道すがら。
 とほとほと、この日何度も往復した道を改めて辿りながら、太公望は隣の普賢にぽつりと声を掛けた。

「え? 何が?」

「あの妖精のことだ。里延にフォローを入れとっただろう」

「ああ……うん」

 頷いて、普賢は曖昧な微笑を浮かべた。

「望ちゃんの、里延くんに向けた質問を聞いてたら、何となく。でももし望ちゃんのこの予想が当たっているとすれば、何だか可哀想だね」

「英鈴の言葉は、まさしく的を射ていた訳だのう」

 呟き、ひょいと足場の悪い道を飛び越える太公望。それに歩調を合わせながら、普賢は寂しそうに俯いた。

「ねえ望ちゃん。妖怪と人間とが分かり合うって、やっぱり難しいことなんだと思う?」

「いや。思わぬ」

 きっぱりと、太公望は答えた。

「今回の件は、確かに行き違いから話が大きくなってしもうたようだが、だからと言って和解が不可能だとは思わんよ。妖怪も人もおなじこと、まあおぬしの様に延々と説得だー何だーと言うのは賛成せんがのう」

「……望ちゃん」

「しかし、だからと言って死人を出してよい筈がない。羊のことも原因が分からんしのう。ま、あやつもそれで焦り始めたのであろうが」

「でもどうするの? まさか本当に退治する訳じゃないよね。説得するにせよ、邑人達が納得してくれなきゃ解決にならないし。それにさっき、天幕の外で……」

「ま、その件については任せておけ。わしも色々考えておるでのう」

 にやりと笑うと、太公望は残っていた桃を懐から一つ取り出し、むしゃむしゃ食べながら頷いた。

 ……森の中は、不気味な程に静まり返っていた。鳥の鳴き声さえ聞こえない。
 まるで太公望達を拒絶するかの様に空気さえ冷たいその中を突き進みながら、二人は終始無言だった。
 里延の教えてくれた場所は滝のすぐ側、岩場から少し離れた木々の合間の一帯である。
 やがて遠くから水音が聞こえ、木々と茂みの緑の檻を抜けると、眼前に再びあの滝場が現れた。

「さぁて、この辺りだの」

 きょろきょろ周りを見渡すと、太公望はすうっっと大きく息を吸い込む。普賢真人がその行動の意図をはかりかねてきょとんとしていると、太公望は大きく開いた口もそのままに、大声で叫び始めた。

「植物の妖精とやら。わしらは崑崙山より参った仙道だ! そこにある邑の連中に頼まれて、おぬしが暴れる原因とやらを探りに来たのだが、どうも里延とか言う小僧とおぬしは結託して悪事を働いておったようだのう。そこで早速あやつをこらしめようと思うたが、その前にまず、おぬしから退治してやろうとはるばる来てやったのだ!」

「ぼ、望ちゃん!?」

 ぎょっとする普賢に、しかし太公望は平然と岩場の上に突っ立っている。 今にも「だはははははっ」と笑い出しそうな満面にたり顔で腕組みしているが、やがてその姿めがけて、ざっぱーん! と滝壷の水が盛り上がった。

「げげっ!?」

 太公望の叫びを合図に、早速大極符印を操作する普賢。途端、水はさあっと二人の間を通り過ぎ、そのまま風となって辺りに散った。

「望ちゃん、挑発してどうするの」

「いやー焦ったのう、いちいち探すよりは早いかと思うたのだが」

「あ・でもレーダーに反応が出てるよ」

 普賢の呟きとほぼ同時に、太公望の立つ岩場のすぐ横で、ずももももっ! と巨大植物が土をまき散らしながら立ち上がった。 そのままほとんど間をおかず、例のムチ攻撃を繰り出してくる。

「うわっ、ちょっと待て、話し合おう!」

「……おびき出したのは良いけど、これじゃ説得に持ち込むのは難しいと思うよ」

 とりあえず忠告めいた独り言を漏らしてから、普賢は再び、太公望と自分の周りに斥力を発生させた。相手を攻撃せず、ただ防御に回るのであれば、これが一番てっとり早い方法なのだ。
 植物は再び跳ね返された攻撃に戸惑い、ずり。と巨体を後じらせた。その時である。

『なんで、そんなことができるの』

 声が聞こえた。幻聴かと辺りをきょろきょろ見回した二人に、けれど声は直接、脳に響く形で届けられる。

『今まで、そんなことができたやつ、いなかった……』

「これはあやつが喋っておるのか?」

 太公望が呆然と呟くと、それに呼応する様に、再び声が伝わってきた。

『なんでぼくのじゃまをするの。おまえたち、きらいだ』

「里延をいじめる人間はみーんな敵、と言う訳か。しかしそれでは里延は救われんぞ」

 ぐらりと植物が揺れた。明らかに太公望の言葉を理解し、それに動揺したのだ。

『なんで、そんなこと、いう』

「おぬし、やはり里延の為に暴れておったのだな。理由は恐らく里延がおぬしをあの滝の空洞から連れ出してくれたことにある。そうであろう」

『なんで……』

「今わしが言うとった話は嘘だ。わしらはおぬしと話をしに来た。里延に害が及ぶ様なことにはせぬ、ことの事情を話してみよ」

 植物はまだゆらゆらと揺れ続け、太公望達を信用出来ずに困惑している風に見える。
 やがて普賢が、一歩前に踏み出して言葉を加えた。

「大丈夫。僕達は敵じゃないよ。君と里延くんを助けたいんだ。君達は今、とても困った状況に立たされている。だからみんなで何が一番良い方法なのかを考えよう」

 普賢の穏やかな声にようやく緊張を解いた妖精は、それまで油断なく動かしていた根のムチを身体に戻すと、するんとうなだれた。
 そこにはもう、邑を襲った巨大植物、化け物と言われた危険植物の面影など一切残されていない。
 ただ異様にでっかい緑色の木のようなものが、にょきりと生えるばかりだった。




page9page11

inserted by FC2 system