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「デッド・トラップ」
- <終>
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- 「……そもそも今回の計画はノイマンの暗殺を前提としたものだった。彼を周囲の不審を避けながら始末する。真実を闇に返す為にね。そしてそれを別の組織の人間の犯行に見せかければ、少なくともペルソナの信奉者の目は逸らされる。だから君の判断は間違っては居なかったわけだ」
ペルソナ本部、第三閲見室。
静かに俯く少女の姿に、男はそう告げて微笑んだ。
茶がかった金の髪に、壮年を迎えてよりエネルギッシュな雰囲気を持つ物越しの柔らかい男性。
ペルソナ代表・ベルデ・シュミテンである。
「そして考慮すべきは君に挿入された記憶が14才の学生のものでしかなかったと言うことだろう。違反行為の延長線にある薬の接種拒否もまた、判断力を失わせる要因となった。記憶の混乱、外部からの過多影響、こうした背景を考えても君の処分は不要だよ、ナギ」
「そうでしょうか。私は自らに与えられた仕事を満足にこなせませんでした」
暗く沈んだ声で答えたのは、ナギだった。
穏やかな声で語る眼前の上司に、視線さえ合わせられずに俯いたままで。
「与えられた謹慎処分は軽過ぎる罰則だと思います。どうか、ご指示を」
「……ミスは誰にでもあることだ。君は初めての経験かも知れないがね、とにかくノイマン氏の急逝については明後日、全世界に発表される。諸外国への対応の準備も整った……加えてミストリア・シュバイツの件だが、クレス・ダフィルトは彼女の死が学園内部で起こった爆破事故を原因としたものだと報告したそうだ。良いか、ナギ。君が彼らを処分し損ねたことにより、ハンのノイマン暗殺の疑いはより強くなった。君への処分を追加するつもりはない、しばらく身体を休めなさい」
良いねと言われてナギは頷かざるをえなかった。
心に澱の残ったまま、ベルデとの閲見を済ませるのは、これが初めてだった。
ペルソナ本部を歩きながら、ナギは今見たばかりのベルデの姿を思った。
何故、彼はナギを学園に向かわせたのだろう。
全てを知るカイ達の存在を知りながら、わざわざナギが彼らに接触する様に仕向けたのだろう。
これは試練だろうか。与えられるばかりでなく、自ら切り抜けなければならない試練を与えて、より強い成長を促したのか。
薄いグレーのガラス張りの壁から、眼下の景色を見下ろす。
ガラス張りの空はどこまでもどす黒く、陽光はささなかった。
同じ頃。
ドームの外、ハンのテリトリーから西に離れた砂漠地帯。
ジープの幌の上に横になったカイは、ぼんやりと空を見上げていた。
運転席には頬を膨らませたエリノアが座っている。
「ねええカイ、大丈夫なのー? ドクターが怒ってたわよ、カイってば死にかけた癖に全然大人しくしてないんだってー」
「んー」
「それにしてもナギの奴、ムカつくわよね。カイのこともそうだけど、アイツの仕掛けたトラップのせいで死にかけたんだからあたしっ。カイだって腹立つでしょおっ!?」
「んー」
「ちょっと、さっきから“んー”ばっか言って、人の話聞いてる?」
「んー…………」
幌の上からの返事は段々と遠くなる。こりゃ駄目だわと諦めると、エリノアはハンドルにもたれかかった。
空は快晴、大きな雲が幾つも横に流れていく。
包帯だらけの上にTシャツをまとったカイは、のどかなその景色を眺めながらぼんやりと物思いにふけっていた。
すなわち、
(何であいつ、俺を殺さなかったんだ?)
ナギに撃たれたところまでは覚えているのだ。
その後エリノアに発見して貰ってハンに戻り、治療を受けて意識が戻ってから聞いたのが、生徒会の少女がカイの倒れていたあの地下付近から遺体で発見されたと言う話だった。
栗色の髪をしたその少女の名はミストリア。
頭部を撃たれ、即死だったという。
あの時カイがうっかり隙なんかを見せなければ。もしかしたらナギはペルソナを見限ったのだろうか。
ふと最後に見たナギの手の震えを思い出して、そう思う。
……彼女の中に起こった葛藤を、知る術はなかったけれど。
<公式発表>
西暦二○三六年 二月二日。
旧独国病理学者ミハイル・ノイマン氏、心不全の為死去。享年七十七歳。
尚、葬儀はシュテム初の国葬として、二月五日に行われる。聖ミカエラ教会にて。
ノイマン氏の研究の功績を称え、シュテムは彼にシュテム国立平和賞の贈与を決定、尚教育委員会もその名を後世に残す為、教育材料となるべき参考書等への「ミハイル・ノイマン」に関する記載を義務付けている。
〈終わり〉
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