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「デッド・トラップ」
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- 部屋に戻ると、ナギはデスクの上に掛けられた覆いを取り除いた。
薄いコンピュータをセットして何度かキーを叩くと、すぐに溜息をついて瞳を閉じる。
(ノイマンに関するデータはそれ程流出していない。動きがまだ少ないのは仕方ないか)
そもそもノイマンは現独国のVIPとして守られ、そのデータ自体がネット上に存在しない。
国益の為に動くエージェント達が慎重にならざるを得ないのも無理はなかった。
……隔離国家設立以降、国家の内政は表面的の落ち着きとは裏腹に混乱を極めていた。
突然の統一による国民性、民族性の違いの表面化。
人種の優越感、劣等感。
国家融合が成されたとは言え、当然ながらそれらマイナス面全てが疫病と共に拭い去られたと言う訳ではない。
シュテムが七人の旧国家代表者達、しいてはドーム内の国民達の総意によって行政が執られる民主々義国家として形成される現在、その裏には山積みになった問題が控えていることは周知の事実なのだ。
今回のノイマン暗殺は、この均衡を崩す大きな契機となる。
それ故にタイミングが少しでもズレレれば独側の負う被害は甚大なものとなるのだ。
そのリスクを考慮して尚ペルソナは「今がその時」なのだと判断した。
(そう簡単にノイマンの居所がバレるとは思わないけど……油断は出来ない、か)
ふと、ナギの胸にカイの姿が浮かんだ。
彼はジャーナリストを目指して、ノイマンの情報を集めているのだと言った。
ツテでこの学園に入ったとは聞いたが、実質的に良家の出でなければ入学は認められないのだから、ある程度の立場の人物を両親に持っている筈。
(それにあの子。エリノア・メーベ。直接話してはいないけど、何かが引っ掛かる)
デスクから離れて、ナギはベッドの上のスーツケースから、ストールにくるまっていた薬の小瓶を取り出した。
中に入った錠剤……カイにみとがめられた時増血剤だと説明した大粒のそれは、組織からナギに直接与えられる特製の薬だ。
日に一回必ず服用しなければナギは普通の生活を送ることもできない、いわば組織からの足械。
水も汲まずに薬を口に放り込むと、ナギは苦みのあるそれを奥歯で砕いた。
じわりと染みる薬物独特の苦みと渋み。
構わずに何度も噛む。
やがて口内の固形物が完全になくなってしまうと、ナギは制服のポケットに手を伸ばした。
その中にあるものを探り当て、手のひらに乗せて眺める。
そこには先程エリノアの部屋で見た薬の一つが乗せられてあった。
(気の回し過ぎかも知れないけど)
くすねてきたそれをコンピュータの隣に置くと、ナギは微光を放つディスプレイに向き直った。
講義が始まれば敵は本格的に動き出す。ゆっくり休めるのはこの二日だけだろうから、今日はもう下準備だけ整えて眠ってしまった方が良い。
頭の芯が重かった。
自分がひどく疲れていることに、ナギはようやく気付いた。
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