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「デッド・トラップ」

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『で、エリノアとは無事合流出来たのね? そうじゃなきゃこんな夜中に連絡取ってこないでしょうけど……間にあって良かったじゃない』
 同時刻、寮の自室の中。
 湯気の立つマグカップの向こうの小型通信機のモニターを眺めていたカイは、椅子の上であぐらをかきながら不機嫌に頬づえをついていた。
「あのな玉怜。何でそこで間に合って良かったとか言えるわけだ? 俺の編入って例の彼女と全く同じ日だったんだけどね」
『でもエリノアと接触する前には彼女を確認出来たんでしょう。じゃあセーフじゃない』
「ギリギリのスケジュール組んどいてポジティブに考えてんじゃねーよっ」
 頭を抱えたカイに、モニターに映るショートカットの女性は人をくったアルカイックスマイルを浮かべている。
 彼女の名は玉怜、若々しいその容姿は二十代後半程度にしか見えないが、実は四十の坂を越えていると言うアジアの神秘を体現した様な(本人談)女性であった。
 おまけにカイの所属する組織“ハン”の創始者兼代表でもあったりするのだから、世の中ナメてかかれない。
 何故彼女が組織を起こすに至ったのかを知る者は少なく、その立場が巨大組織“ペルソナ”と密接な関係にあることを知る者は更に限られていたのだが……。
『で、どうだったの。例の彼女は』
 問われて、カイは上目遣いに玉怜を見た。
「予想外。ふつーの女の子してたよ」
『アレがきいてるからかしらね。エリノアの反応は?』
「絶対に手を引くのは御免だってさ。あいつなりに決着つけたいんだろ。聞いてなかった?自分の口で伝えとけって言ったんだけど」
『報告はこれが初めてよ。遅すぎるって怒ってもバチは当たらないんじゃないかしらね』
 かすかな怒気が込められた声に、カイは軽く肩をすくめる。
「仕方ないだろ、セキュリティがキツいんだから……これだけ徹底してると逆に確信するね、やっぱりここはただの学園じゃないって」
『ベルデの動きが良く掴めないわ。何故ドイツがノイマンを出してきたのか、厳重なセキュリティの割には、この情報は簡単にハックさせてくれたし』
「ネズミをおびき寄せる為でしょ、玉怜。ペルソナの考えそうなことっ」
 がしっと突如背後から抱きすくめられて、カイは眉をへの字にする。
 気配は先ほどから感じていたから驚くことはなかったのだが。
「エリッシュっ! その格好で抱きつくなっ!」
「いやんカイってば照れちゃってぇ」
 シャワーを終えてタオルを身体に巻いただけのエリノアの登場に、けれど慣れているのかさほど動揺も見せず、玉怜はちょこんとカイの肩に顎を乗せたエリノアに微笑んだ。
『相変わらず仲良しねえ。でも一つ聞いて良い? どうして真夜中の男子寮のカイの部屋で、エリノアがシャワー浴びてるのか』
「こいつが勝手に上がり込んでバスルーム占領してんだよ!」
「だって自分の部屋で入ると後始末が大変なんだもん」
「泡なんか立てるからだろ湯船にっ。フツーに入れば後始末なんて必要ないっての!」
「それより玉怜、報告聞いた? あたしこの件が済むまで絶対ハンに戻らないからね」
 カイの対応もかなりのものだが、こちらも大概横柄なエリノアの態度に、けれど玉怜はそれ程感慨を受けた様子もなくにんまり笑った。
『ふーん。ま、とにかくエリノアのことはカイに任せるから、定期報告だけは宜しくね。あんまりいちゃいちゃしちゃ駄目よー』
「あっ、ちょっと待てっ」
 と言う間もなく、通信は一方的にぶつりと切れた。
 勿論盗聴を考慮した故の行為なのだろうが、脳天気な上司の最後の言葉に、カイはモニタの横に突っ伏しそうになる。
「んね、カイ。聞いたでしょ、いても良いって了承とったわよ」
「分かったよっ。ったく、そんなに俺が信用出来ないかね」
「……だって」
 溜息をついたカイに、エリノアは悔しそうに唇を噛んでその首もとにしがみつく。
「カイ、教えて。ナギをどうするつもり? あの子は絶対にペルソナを裏切らないわよ、自我が残ってるかどうかだってあやしいんだから……記憶操作の成功例だなんて言ったって要はどれだけ使えるかで、成績報告にあの子の自我意識の残存なんて関係ないのよ」
「お前がそれを言うのか? エリッシュ」
 低い声に、エリノアが身を引いた。
「違うだろ? お前だって抵抗してたじゃないか、自分を失うのは嫌だって。なのにアイツのことは否定するのか?」
「あ、あたしは失敗した時のことを考えてるのよ! リスクが大きすぎる、ああ見えてもあの子はペルソナのジョーカーなんだから」
「もしもの時は俺が始末すりゃ良いんだろ」
 さらり、とまるで世間話をしている様に言ったカイに、エリノアの顔がひきつった。
「何言ってんのよ馬鹿、あたしのことだって殺さなかったくせに! カイはねぇ、女とっかえひっかえしてた割には甘いのよ、女にっ」
「おっ、お前、何でそれを……」
「とにかくっ。あたしは例のものを手に入れさえしたら、ナギを切り捨てるわよ。あんな奴、大大だいっきらいなんだからっ」
 思い切り言い放つと、エリノアはベッドの上にあった制服を掴んでバスルームへと駆け込んだ。
 実はその隣のベッドでは、カイと同室の生徒が特効性の睡眠薬をかがされて眠っていたりするのだが……それを無視してバスルームまで使用するず太い神経のエリノアに、俺何であそこまで言われてるんだろうと真剣に不条理を覚えるカイである。
 とりあえず。バスルームを見つめながら、カイはマグカップを引き寄せて小さく笑った。
「あいつ、最後の最後で本音が出てやんの」






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