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「ジリエーザ」

<序>
 アナーシアは谷間を流れる水の様な女だった。爽やかで濁りのない水。その両手はたくさんの血に塗れていたのに。

「人は絶望を知る為に生きている」

 彼女は全てを愛した。まるで包み込む様に空と大地と人と悪魔と血と。横たわる死体と武器と、本当なら知らずに済んだであろう希望と失望と。
 それら全てを分け隔てなく愛するさまは、まるで女神の様に見えたものだ。

「絶望を知り、暗闇を知るからこそ、私達は生きて行く為の強さを持ち得るの」

 自分を取り巻く全ては生きている証だと彼女は言った。心を切り裂く思いも、じっとしていられない程の幸福感も。
 アナーシアにとってはすべて同じ「生の実感」に過ぎなかった。
もし生まれ変わってもまた私になりたい、その呟きは、けれど彼女が口にすれば誰も笑い飛ばせなくなった。……彼女がアナーシアだったから。
 アナーシア。
 それなら俺にとって君こそが生きる証。君が愛するものを愛そうと決めたのは、自分にはどうしたって真似出来ないその生き方に焦がれたから。
 それは皆だって同じだったろう。ただ切実に生きることだけを痛みの様に感じ取る毎日の中で、誰もが彼女を愛したのはその為だったのだ。


 だからアナーシア。これは俺からの礼だ。


 君が今、一番望むものを、


 ……あげよう。






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