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「ジリエーザ」
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- 部屋に戻った俺は、出したままにしておいたコンピュータにありとあらゆるコマンドを出してデータを抽出した。
ハッキングで身の保全をはかりたくはない、などと言う考えはここにきてすっかり消えていた。
ベルデの持つあのぞっとする様な空気を実感した後では。
人は理解出来ないものに対して恐怖を覚える。だから様々な方法を用いて(今で言うならハッキング能力を駆使して)真実を求めるのだ。
俺はこのまま何も知らずにおれるほど強くはなかった。
死よりも恐ろしい何かが、そこには用意されているが故に。
ハックに時間をかければ逆探知される可能性がある。何より内部からペルソナのデータバンクに手を出すのだから、余程の覚悟が必要だろう。
引き出すのはペルソナに関わるプロジェクトについて。
不必要なものは切り捨てて、とにかくその概要だけでも捕らえたかった。
……やがて抽出されたそのデータ内容に、俺は溜め息を落とした。予想していなかった訳じゃない。だがベルデの狂気が確かにペルソナに浸透し、やがては世界を呑み込もうとしているその予感を、俺は無視出来なかった。
【遺伝子操作】
簡潔にディスプレイを彩る言葉。
だが何より問題は……。
【遺伝子操作・現在は第八段階まで進む。ウイルスを利用しての研究として,代表はミハイル・ノイマンとする。優秀な遺伝子のみを集めて優れたXXXXを生み出す目的の下に進行。ただしAパターンのレベル3成功例の脱走事件以降,プロジェクト最高レベル成績者はレベル3のNとする。失敗例は迅速にXXXXXXに回すこと。】
“X箇所抹消済”
“データ抽出不可能”
次々にハッキングに成功したデータを読み取りながら、俺はごくりと生唾を呑んだ。
成功例は一人じゃない。
つまりアインの話していた“子供の多い施設”とは遺伝子操作の成功例のみを集めた場所であり、その数の倍は生まれたであろう失敗例を、ペルソナは全て“処分”しているのだ。
ルティカは通路で話が違う、と騒いでいたが、彼女の子供もまた遺伝子操作の末誕生したのだと考えれば、簡単に処分を決行するペルソナに不安を抱かない筈がない。
それでも何もないうちから騒ぐ位ならプロジェクトに参加する筈もなかったろうし、失敗を繰り返す訳にはいかないと説得していた研究員のことを考えてもやはり……最高レベルの成功例が脱走したと言う事件の後、警戒を厳しくした関係者内部で脱走者の処分が行われたのではないかと推測される。
何より問題なのは、ルティカが息子の処分を恐れると言う状況だ。
自分の父が中心となるプロジェクトの不安を、あんな一研究員にぶつけなければならなかったと言う事実。
つまりは彼女が父を頼ろうにも頼れない状況になっている……プロジェクトは既に、ミハイル・ノイマンの手から離れてしまっているのだ。
今この状況で。疫病の為に激減し、少しでも人口増加を切望する人類のただ中で、もしそれにつながる研究ならペルソナも秘密裡に行ったりはすまい。
彼らは選択を……自ら生み出した“命”を選択している。
優秀な存在と劣等な存在とを。
……そんな余裕がこのシュテムのどこにある!
これから面白くなるのだと、ベルデは言っていた。だから俺はこのデータばかりがペルソナの切り札だとは思わない。むしろ……。
ペルソナにとって、これこそ初歩的なプロジェクトに過ぎないのだ。
何より“ナギ”のコードネームの謎解きもまだ出来ていない。
どんと、俺は拳を壁に叩き付けた。
心を殺してしまおうと思ったあの時から、こんなにも激情を顕に出来る日がくるとは思っていなかった。だがそれでも胸の内にある不快さは消えない。
その不快感を抑える為の手段は一つだけの様に思えた。
そう。俺は自身の生の放棄を否定することにしたのだ。
……アナーシアの死以来、それは初めてのことだった。
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