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「ジリエーザ」

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 本部に戻った俺とフィアーを迎えたのは、他でもない、ベルデ・シュミテンその人と、幾分か頬を紅潮させたアインだった。
 室内に現れた俺を見て、はち切れんばかりだった筈のアインの顔は見る間に歪んだ。
 そのままじっと血の滲みのごまかせない腹と手の包帯とに視線を送ると、何とも言えない顔で俺を見る。
「……ようやく戻ったね。ご苦労様」
「トキ、その怪我何よ。フィアーが付いてて、怪我したの?」
 ベルデの出迎えの言葉が終わるか否かの速さで、アインは鋭くそう言った。
 きっ、と自分の片割れを睨み付けるその表情は、昨日最後に会った時のそれとは一見何の違いもない。
 フィアーよりも喜怒哀楽の激しい、いつものアインがそこに居た。
 これだけでは判断がつかないと俺は思った。
 果たして、本当に殺してしまったのだろうかと。
 彼女はナシェル・ノイマンを……殺したのか。
「ベルデ代表。これはどう言うことだ」
 だが俺は、心中に溢れる疑問とは別の言葉を口にしていた。
 俺に必要なのは、まず全ての状況説明だったからだ。
「俺は男を撃った。奴は自身をベルデ・シュミテンだと言い、このフィアーもそれを認めていた。それなのに何故お前がここにいる? まさか同姓同名だったなんてことはないな」
「言ったじゃないか。ペルソナには未だ進行中のプロジェクトが幾つもあるのだと」
 言って、いつもの様に人をくった笑みを浮かべるベルデの顔は、今度こそ彼そのものに違いなかった。
「それよりも報告だ。アインは事情を知り逃走しようとしたナシェル・ノイマンを無事説得し、ペルソナに拘留することに成功した。更にフィアー、君は私の監視のもと、見事にルティカ・ノイマン暗殺に成功した」
 私の監視のもと。
 彼が何を言っているのか、俺にはまだ分からない。
「トキ。あたし、きちんと聞いたよ。利用価値があるかどうか考えて、判断したの。ナシェルはまだ使えるから拘留した。これで良かったんでしょう?」
「え……?」
「トキが言ってたんじゃない。利用価値を考えてみろって。全てを奪う前にまず考えるべきだって」
 嬉しそうなアインの言葉に、俺は茫然として隣のフィアーを見下ろした。
 そう言えば彼女は、ルティカを撃つ前に何と言っていた?
 ミハイル・ノイマンの代理の補助として動く様にと、そう言っていたのではなかったか。
 ノイマンは暗殺された筈だから、代理ってのは身代わりの何者かのことなのだろうが……その身代わりの補助は出来ないかと、そう尋ねていたのだ、確か。
 フィアーが俺を困惑した様に見つめた理由がようやく分かる気がした。
 彼女は俺の言う通りに行動したのだ。あの土壇場で、ルティカが本当に利用価値のある人間かどうか、ペルソナの為になる存在かどうかを判断して行動した。
 だから俺に責められる理由が分からなかったのだ。
 アインもフィアーも。
 ベルデ・シュミテンの言葉にではなく、俺の教えに従ったと言うのか。あんな一時の言葉に。
「君は本当に、素晴らしい教官だよ。トキ」
 嘲る様な声が俺の耳を打った。
 ベルデはあながち皮肉ばかりでもなさそうな笑みを浮かべている。
「本当に素晴らしい。期待以上だったよ、二人もとても良く君になついた」
「だってトキは名前をくれたわ。あたしとフィアーに、名前をくれたもの」
 弾んだその声に、俺は無言のまま顔をそらした。そらさずにはいられなかった。
 俺は偽善者だ。ベルデの顔がそう語っている。
 成長過程の微妙な時期に、自身の抱く不安や答えを、俺は二人に押し付けた。まだ幼い子供の心に押し付けたのだ。
 深く脳裏に刻み込まれた言葉を考慮した末の、これが答えだったのだろう。
 二人はまだ気付いていない、この成績が二人の評価に決定的な差異をもたらすことを。
 何故ならベルデは、ルティカとナシェルを“殺す様に”と命令していたのだから。
「さあ、先に部屋に戻っていなさい。私はまだトキと話がある」
「はぁい。行こ、フィアー」
 アインは俺の隣に居る片割れのもとまで駆け寄ると、俺を見上げてにっこり笑った。
 自分の達成した仕事への充実度を、少しも疑ってもいない様だった。
 だが。
 走り去った姿を締め出す様に閉じた電動の扉を見送り、俺はそっと目を伏せた。
 アインにはもう、“ナギ”の名が与えられることはないだろう。
「……さて。質問は幾つもあるだろうから、まずは私から説明させて貰おうか?」
 かつ。と堅い靴音を響かせて、ベルデが小さく言った。
 それは何の感情も伺えない程低く、静かな声だった。
「多分それは、君の知りたがっている全ての真実につながるものだろうから」






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