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「ジリエーザ」

<終>
 双子にコードネームが与えられ、ようやく候補生からプロへの昇格が認められたと言う話は、瞬く間にペルソナ内部に広がった。
 誰もが注目していたその中で、二人に与えられたのは“ナギ”と“メイ”と言う名だった。
 しかしメイと言う名がどんな意図でつけられたものなのかは、俺も知らない。
 沢山の言葉を俺に残したベルデはしかし、それでも未だ幾つもの秘密を抱えたままだった。
 ナギと言う名にどんな意味があるのか。ナギの名を冠する少女には、一体どんな役割が課せられているのか。
 その質問に対してすら、彼の答えは曖昧だった。彼が口にした言葉は俺の求めていたものではなかったのだ。
 アインとフィアーが……否、ナギとメイが候補生でなくなった時から、俺の教官職は解かれていた。
 だから直接聞くことはなかったのだが、風の噂にナギの名はフィアーに与えられたのだと知った。
 そしてこの時、俺は二人の道が完璧に分かたれてしまったことさえも理解したのだった。
 もう一つ、余談がある。ミハイル・ノイマンのことだ。
 国家の英雄の死は、ルティカの予想に反して結局発表されなかった。
 それどころかペルソナ関係者ですらその真実を知る者は少なく、怪しんだ俺が調査した結果、ミハイル・ノイマン自身から直接の返答があった。
 彼が生きていたのだと言う希望はすぐに萎んだ。
 何を聞いていたのか、俺はベルデから直接「記憶操作」プロジェクトについて知らされたばかりだったのに……人間のデータをチップに移し“保存しておける”研究のことを。




 五年振りにフィアー……ナギと、俺はペルソナですれ違った。
 声を掛けると不審そうにこちらを振り返っていた。
 その姿は昔のまま、まるで揺れる感情を押し込んだ様な緑の瞳がこちらを真っ直ぐに見ていたが、そこにはもう、俺に対する何の感情も見受けられなかった。
 何か、と問われて俺は首を振った。
 彼女に俺の記憶がないことは既に予想していた。多分俺の存在と、三人で共に過ごした一年間の記憶は、エージェントとしてのナギに余り必要なものではなかったろうから。
 アイン、つまりはメイが現在関係している某研究の影響で寝込んでいるとも聞いたのだが、恐らく彼女の方でも俺を覚えてはいないだろう。
 その研究が俺の知る例のものであるのなら、まず確実に。
 しかし、それでも俺は祈らずにはおれないのだ。
 初めて見た時全てを拒絶し、自分達を取り囲むものを評価する様に見つめていた二組の瞳が。
 寄り添って“生きて”いたあの二人の少女達が再び、自分達の力で未来を望む日がいつか訪れることを。




 雪の降るベル・マーズの中、墓石の連立する間にある、小さく『ルティカ』とだけ刻まれた墓の前に、俺は白い花を置いた。
 誰の訪れもないそこに静かに置かれた決別の花は白く積もった雪に包まれ、すぐに視界は白に染まる。
 やがてそれが花弁なのか雪なのかさえ判別できなくなる頃、俺は次々と毎落ちる雪に視界を阻まれながらもどんよりとした空を見上げた。
(……もし罪が、新たな罪を呼ぶものだと言うのなら)
 人は何の為に生きるのだろう。
 何の為に、贖うのだろうか……。
 舞い落ちる白い結晶を眺めながらそんなことを思った俺は、やがて白に埋もれていく花弁に背を向けた。


 凍える空気の中で、雪はいつまでも降り続けている。


【END】







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