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「ジリエーザ」

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「悪いが、遊び相手なら他をあたってくれ」
「年長組の忠告は聞いとくもんだぜ。お前、あの双子の新しい教官としてココと契約したんだろ。じゃあ今までに六人がベル・マーズ行きになってるって話も聞いてるよな」
 ベル・マーズとは、このペルソナのある地区から一番近い共同墓地を差す。
 その言葉も気になったが、俺は別のことを口にした。
「あの二人は双子なのか」
「いいや。そっくりだから周りが勝手にそう呼んでるだけだ。あいつらの素性は機密データ扱いになってて簡単には引き出せない、つまりは代表のお気に入りって訳だな。でも噂だけなら山ほど転がっててね、中にはあの双子ちゃんが代表の隠し子だって話まである位なのさ」
「ちょっと、よしなさいよ。馬鹿ね」
 隣で男の肩にうなだれていた女が、その時初めて声を上げた。
 透けそうな水色の瞳はまとう空気とは対象的に理知的で、男に向けられたのであろうその声は僅かに鋭く尖っている。
 しかしその声を、俺は無視することに決めた。男の言葉の何かが俺の中に引っ掛かったからだ。
「ペルソナは戒律が厳しいと聞いたが、中では随分な憶測や噂話が流れているものだな」
「ははーん。成程な、お前は確かカターチェニから来たんだっけな。戒律厳しいあの旧ロシア直属組織の」
 突然言われて、俺は手に持っていた大判のディスクケースを持ち直しつつ、男を睨む。
 大抵のエージェントはある一つの組織で一生を過ごすから、俺の様に組織を出た人間が更に別の国家直属組織と契約するってのは、まず滅多にない話なのだ。
 フリーになったからって前の組織と本当に切れた証拠はない。シュテム内部で成立した組織は全てが旧国家所属のものだったし、懐に他国のスパイをわざわざ招き入れる奴なんていないだろうから、俺を雇ったペルソナは余程肝が据わっているか、データ収集能力に自信をもっているか……のどちらかだろう。
 そもそも組織を抜けるとなると、相当な事情があるものと考慮されるのが普通だ。それを知ってなお揶揄する様な言葉を向けられては、さすがに良い気はしない。
「俺がどこから来ようとお前にどうこう言われる筋合いはない」
 思わず突き放す様に言うと、
「怒るなって。俺が言いたいのはつまり、あそこから来たんじゃお前の頭が堅そうなのも納得出来るってことだよ。何でもロシア系列の組織じゃ、下半身の話題を出しただけで“規律違反”で射殺されちまうって聞いたことがあるからなぁ。立ちションの話をした馬鹿が間違って処分されちまったとかよ」
 悪質な笑みを浮かべ続ける男に、俺は眉ねを寄せて返答した。
「“立ちション”が理由じゃない。俺の記憶の限りじゃ、最近あった規律違反での射殺処分を受けたのは女だ。正しくは内部の上官と情事を持ったエージェント候補生だよ」
 真剣に言ったつもりが、どうやら俺の返答は奴の意表をついていたらしい。
 男はきょとんとした後にすぐ吹き出すと、いよいよ我慢ならずに女を置いてその場にしゃがみ込んでしまった。
 げらげら笑い続けるその男を無視して俺が部屋に戻ろうとすると、
「待てよ新米! 代表が上に特礼出してまでお前を使いたがったって話だが、幾ら優秀でも少しおツムを柔らかくしといた方が良い、十八にしちゃ老けすぎだ!」
 背後からの大声に溜め息がもれたのは、代表がわざわざ紹介する筈もないのに俺の年が知られていた、つまりは俺のデータがハックされてたことに思い当たったからである。
(……データ……か)
 歩きながら手の中のディスクケースを透かし見る。
 淡いホワイトの向こうに映る黒いディスク。
 与えられたデータ、「他人に与えても支障ないデータ」。
ペルソナはとても魅力のあるデータバンクだ。シュテム建国以来この地球上では最高の規模とレベルとを誇る巨大組織の内部に、しかも代表自らの招待で所属を許された立場にあるのにも関わらず、俺のこの無気力感はどうだろう。
 他人のデータをハックして状況を探るのは当り前のことで、非難されるべきことではない。与えられるデータはいつもガラクタで、幾らうまく美味しい餌でオブラートしても、その底にある機密事項には到底及ばないのが現実だった。
 そう、今俺の手の中にあるこのディスクと同様に。
だから自分の周囲に神経を張り巡らせ、いかに有利な立場を取るかと言うことは、エージェントにとって死活問題の筈だった。
 ……その、筈だったのだ。この俺にとっても。
 いつの間にか俺は自分に与えられた部屋の前にたどり着いていた。
 ルームナンバーとIDナンバーとを照合してロックを解除し、堅く短い音を立てて開いたその扉の前で、再びディスクケースを眺める。
 自然と苦笑が漏れた。
「自分を否定するのと、人の死と向き合うのとじゃ、どっちが疲れるもんなんだろうな。アナーシア」




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