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「ジリエーザ」
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- 教育プログラムは、基礎に沿って教官が自由に作り替えることが出来る。
基本科目を押さえてさえおれば教官は自分り受け持ちの候補生達に好きな訓練を受けさせることが可能なのだ。
あの二人に関する教育科目の中でまず射撃を重点的にしたのは、実はそれが俺の得意分野だった為である。
勿論ほとんどの分野を網羅しないとこんな職業は成り立たないが、俺は以前居た組織でも、特にシューティング・テクをかわれていた。
人に教えるのならまず自分が十分に納得出来るものじゃなきゃいけない。
そんな訳で実技中心になったプログラムに、問題は講義プログラムの方だった。
(フィアーには心理学が必要だが、過ぎれば歪むこともあるだろうな)
眼前のコンピュータにスケジュールを打ち込みながら、俺がそう苦心していた時だ。
不意にディスプレイに陰が落ちて、ふわりと柔らかい気配が隣に降りてきた。
「ハイ。大変そうね、先生」
俺はキーにはせた手を止め、顔を上げた。
だだっ広いペルソナ管理図書館のコンピュータルームの中。
ほとんど人のいないそこで、ゆったりと隣の椅子に座って俺に笑い掛けていたのは、まだ若い女性だった。
その顔に見覚えがある気がして眉をひそめると、俺が声を出すより先に女の方から名乗ってくる。
「ルティカ・ノイマンって言うの。おととい会ったばかりだけど、貴方覚えてる?」
「……ああ」
うろ覚えだった記憶は、女の澄んだ水色の瞳を見ているうちに明瞭になった。
理知的なその双眸には確かに以前も会っている。俺がペルソナに来た初日、部屋に行く途中で会った男により添っていた女だ。
「名乗るのは初めてだけど、貴方の名前は知ってるのよ、トキ。貴方の名にはどんな意味があるのかしら」
魅惑的な香りが、銀のマニキュアの爪先がかきあげた髪の間からこぼれた。
ライトブラウンの髪はお嬢様然としたゴージャスな内巻きで、胸元の開いた赤のカットソーのぎりぎり胸ラインまでの長さだ。
「俺に何か用か」
「用がなきゃ、声もかけちゃいけない?」
すねた様な声。
肩をすくめると、俺はそのままディスプレイに視線を戻してキーを叩き始めた。こう言う輩は無視するのに限ると言うのが俺の経験上の対処法だ。
「ねえ。おとといレキに言われて気付いてるでしょうけど、貴方ペルソナじゃちょっとした有名人なのよ。外部からの、しかもあの双子ちゃんの教官待遇でここに来たんですもの。当然だけど」
「レキ?」
無視するつもりだったが、気が変わった。
初めて聞くその名に、もしかしたらと思い当たる人物が一人あったからだ。
「やあね、調べてもないの。私と一緒にいた男の名前じゃないの。数ケ月仕事で留守してるけど、一応同僚なんだから覚えておいてあげてね」
「外勤か。それで一緒じゃないんだな」
「あら。別にいつでもアイツといる訳じゃないのよ。私はいつでも側にいたいと思う人の所にいるの。だから今日はここに来た……分かるでしょ? 今日の私は、貴方に興味があるってことよ」
念を入れる様に繰り返すと、ルティカはじっと俺の顔を眺めた。
面倒な展開になってきた、と俺は内心舌打ちする。
「……悪いが俺の方には興味なんてないんだ。コイツを今日中にまとめたいんでね、ちょっと離れて貰えないか」
「コイツ?」
俺の態度にもめげず、彼女は唐突にディスプレイと俺の間に顔を突き出した。
そうされるとさすがに無視も出来ず、自然俺はルティカを真正面から見る形となる。
「私より大切な用事? これが。はぁん……随分と綿密なスケジュールたててるのね」
くるりとコンピュータに向き直ったルティカは、そのままディスプレイ上のデータをじっと眺めると、間を置いてひどくわざとらしいはしゃぎ声を上げた。
しんとしたコンピュータルームに響くその声にうんざりして、それでも眼前で揺れる頭にどうしようかと困惑していると、突然銀色にネイルアートされた爪が素早くキーの上を流れる。
「……何やってるんだ?」
「呆れた人ね。貴方、何の為にペルソナとの契約を受けたの? こんな無駄なことをしているより、私と話してた方が余程役立つってこと、知ってて知らないふりでもなさそうだけど!」
僅かばかりヒステリクな声を上げたルティカに、俺は視線をずらしてディスプレイを睨んだ。
……初期画面に戻っている。
数時間の努力を綺麗にクリアされてしまった事実に溜息を付きながらも、俺は小柄なルティカの身体を軽く向こうに押しやった。
「それで。何の話をすれば良いんだ?」
「ここには誰もいないのよ、私相手に聞きたいこと、何かないの?」
逆に問われて、俺はきょとんと眼前のむくれ顔を眺めた。
どうも訳が分からない。
「何が」
「何がって、貴方、」
俺の言葉に、ルティカは途端にプライドを傷付けられた様な表情になる。
何か言いかけて、けれどすぐに納得した表情で俺を睨む。
「成程ね。ベルデが外部からエージェントを招いたと聞いた時には、一体何を考えているのかと不思議だったけど……ようやく分かった。貴方つまり、何もかもどうでも良い訳ね。周りに関心のない貴方みたいな人間なら、スパイの心配も無用ってことだもの。良いわ。じゃあ、こちらから話してあげる」
とん、と隣の椅子に座り治した彼女は、呆れと疲れの入り混じった表情でコンピュータに素早く何かを打ち込んだ。
何をしているのかと言い掛けた俺は、ディスプレイに走った文字を見るなりすぐに口をつぐんでしまう。
そこには、こんな文字が並んでいたのだ。
【貴方の可愛い教え子ちゃん達には、もう名前が準備されているの】
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