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「鎮魂の社」

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  そんな訳で。
 翌朝、いつものように支度を済ませて家を出た僕は、通学路を進みながらひとりで眉を潜めていた。
 怯えながら眠った割には、昨日は悪夢を見なかったし寝覚めも良かった。
 意外な場所で高石さんに会うと言う特大イベント(このレベルで特大って言うのも泣ける話だ)もあったけど、今、僕が引っかかりを覚えているのはそんなことじゃなくて……、
「志沢の家の問題が何なのかってこと、なんだよな。なんだけど」
 思わず、辺りを見回してから立ち止まった。
「……この状況が気になって、どうも集中出来ないよーな」
 通い慣れた筈の通学路。
 眠気に負けてふらふらと歩いているうちに、僕はいつもすれ違っている筈の通行人の姿が、今日に限って全くないことに気付いていた。
 うちの近所にはバス停も駅もあるし、通行人がゼロなんてこと、まずあり得ない筈なんだけど。
「犬や猫までいないってのは、絶対におかしいだろう」
 例えばここ、学校までの通学路途中にある商店街。
 いつもなら豆腐屋だの何だのが店開きをしている筈なのに、辺りはしんとして人の気配もない。
 歩けど歩けど町は無人で、民家を過ぎて大通りにさしかかってからも、僕は車一台見つけることが出来なかった。
 昨日のうちに警報でも出て付近の住人全員避難したんだろうか、なんて考えまで浮かぶ中、僕はようやく信号の向こう側に立つ人影を見つけてほっとした。
「おはようございます」
 知らない人だったけど、ようやく会えた通行人だと思うと気が緩んで、僕は頭を下げながらその男の人に挨拶をした。
 だけど数歩進んだ所でようやく気付く。
 い、今の人、どうも生きている人の匂いがしなかったけど、まさか……。
「あ、あの」
「捜し物をしとるんです」
 振り返ると、男の人は僕のすぐ後ろで立ち止まっていた。目深に帽子をかぶっているから分かりにくいけど、身体の向きからして、どうやら僕をじっと見つめているようだ。
 薄手のコートなんかで身体を隠しているせいか、印象の薄い初老のおじさんって感じがした。
 だけど、それより驚いたのは今の台詞だった。
 昨日、隆史の家の洗面所で聞いた見知らぬ誰かの台詞に、それはそっくりだったから。
 気味が悪い……そんなことを考えながら、信号の途中、全く車のない道路の真ん中で硬直していると、おじさんは続けて僕にこう言った。
「見覚えはありませんかな。光る、たまです。捜しとるんです」
 これは。
 と、僕は一人で青ざめてしまった。
 見えていない、聞こえていない振りをした方がいいんだろうか。
 だってこのおじさん、絶対に人じゃないし、背筋がぞくぞくする感じからして、あまり良い状況とも思えない。
「光る、たま、を知りませんか。あんたは絶対に知っとるはずだ」
「ひ、光るたまって、ええと、何だろう。豆電球なら通りの向こうにサワダ電気ってお店があるんですけど、そう言うのとも違いますよねえ……あははは」
「一緒に捜してくれるなら、良いことを教えてやろう。どれ、あんたのそばには悪いもんがついとるぞ」
 にたり、と帽子の隅から覗く口が笑みを形作った。
 皺の寄った奇妙な笑み。
 僕はますますぞっとした。
「気を付けた方がいい。入れ物に入っとるから、お前には分からんのだ」
「入れ物って、」
「取られる前にわしに寄越せ」
 ぶわっと視界がぼやける。
 おじさんと僕との距離が縮んで、気が付くと皺だらけの手が僕の顔に突き出されていた。
 ヤバイって思った。
 だって指が六本あるよ、この人っ!
 咄嗟に身を引いた瞬間、何の気配もなかった青い空から1羽の白い鳥が舞い降りてきた。
 鳥は一直線におじさんの顔に体当たりすると、悲鳴を上げて退いたおじさんに、もう一度攻撃を仕掛ける。
 衝撃を受けて帽子が飛び、おじさんのつるんとした頭がむき出しになった。
 その途端、ほとんど脊髄反射で僕の口から悲鳴がもれた。毛根の死に絶えたようなその頭に、どす黒い大きな穴が幾つも開いてたんだ。
 関わり合いになっちゃいけない、絶対に危ないっ!
 僕は鳥から逃れようと大暴れしているおじさんに背を向けると、早足で信号を渡りきった。
 それから一直線に学校に続く道に出ようとして、
「うわああっっ」
 ……急に、音が戻ってきた。悲鳴と、がしゃーん、と言うもの凄い音。
 思わず信号に視線を戻した僕は、そこに繰り広げられた光景に言葉を失った。
 見慣れた、通行人でざわめく歩道。
 そこに一台の車が突っ込んで、辺りには煙を出す車と人混みとが見えていたんだ。
 うそ……。
「誰か、救急車呼べっ」
「この人も怪我してるわ!」
「交番どこだよ。運転手はっ」
 僕がいつ、普通の通学路に戻ってきたのかは分からない。
 だけど眼前の事故現場に黒々とした悪意のようなものを感じて、僕は足早にその場から立ち去った。
 すこしズレていたら僕も巻き込まれていたかも知れない。
 それより何より、あれ、本当に偶然なんだろうか。
 まさかさっきの化け物に関係ある、なんてことは……。
「ないよね、多分……」
「何がないんだ?」
 学校に続く坂道を駆け上がり、校門をくぐったところで声を掛けられ、僕は思わず「うわっ」と叫んでしまった。
 見れば大乃木が、僕に声を掛けたままの状態で顔をひきつらせている。
「お、おい、変な声出すなよ……」
「大乃木かあ。ご免、今、考え事してたもんだから」
「ああ、分かった! さっきの事故だろ? 俺ちょうど信号手前で目撃しちゃってさあ、マジビビったぜ。あれ、うちの生徒かもな」
 この時間帯の事故なら、目撃した生徒は大勢居るだろう。
 そう思いながら、僕は不安を覚えて道路を振り返った。
「車が突っ込んできたみたいだったけど、誰か巻き込まれてた?」
「二人ほど。何か俺まだ手ぇ震えてんよ。すっげーのな、本物の事故現場って」
 周りの生徒達もざわざわしてる。自分達が巻き込まれたかも知れないって考えたら、そりゃぞっとするだろう。
 冷や汗を流しながら歩き出した僕は、ふと校門をくぐろうとする隆史の姿に気付いて唇を噛んだ。
 どこから合流したのか、隣には高石さんが姿もある。
 絶対見たよな、あの事故現場。このタイミングだとばっちりだ。
 どうしたもんかと躊躇っていると、ちらりと振り返った隆史と視線が合った。
 そのまま目だけで合図を送って、顎で校舎の裏を指し示してくる。
 どうやらあそこに来いってことらしい。
「ご免、大乃木。先に行っといて」
 一応断ると、僕は隆史の後に続いて校舎裏に向かった。





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