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「鎮魂の社」

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 「白い鳥?」
「そうっ。2回も僕のことを助けてくれたんだ。悪いものじゃないとは思うけど、もしかしてあれ、隆史が出してくれたとかっ!?」
 鼻息荒く尋ねた僕に、座敷で正座していた隆史は困ったように眉を潜めた。
「まあ、鳥はともかく……俺は連中の接触方法が一度ごとに悪質になっていることの方が気になるな。いつまでもこのままにはしておけないか」
 放課後。
 僕はいつにも増して速攻で学校を飛び出すと、真っ直ぐ隆史の家にお邪魔していた。
 何故か今日も姉さん達が勢揃いしてたんだけど、出迎えてくれた隆史のお陰で玩具扱いされることなく、隆史がお祓いの時に使う座敷の方に移動出来たと言う訳だ。
 それにしても、何でこいつが僕より先に帰ってたんだろう。
 そう思って尋ねると、何と隆史の奴、1時限目が終わるか終わらないかのうちにちゃっかり早退していたらしい。
 だけどそれを聞いた僕は、呆れるよりむしろ、ぞっとせずにはおれなかった。
 だってさ、わざわざ早退したってことは、僕が巻き込まれてる「捜し物」霊事件が予想した以上に厄介で面倒なんだってことで……そもそも隆史が早退までしてお祓いの準備を整えてたことなんて、これまでに一度もなかったんだ。
「今回の、そんなにヤバイの……?」
「相手は一人じゃないからな。複数の、しかも団結してもない霊が集まってるんだ、そりゃ厄介だろう」
 あっさり言うなああっ。
「こうなったら先手必勝だよなっ。隆史、あいつらが捜してる物に心当たりがあるって言ってただろ? 説明してよ、こうなったら!」
「勿論話すさ。恐らくは生玉だと思う、連中が捜しているのは」
 すんなり返されて、僕は用意していた文句を全部ごくんと飲み込んでしまった。
 い、いくたま? 何だよそれ。
「お前、親父のレクチャーを全然聞いてなかったな。何度も説明された筈なんだが……つまり生玉とは、十種の神宝のひとつ、いわゆる神器だ」
「とくさの……かんだから」
 それなら何となく聞いたことがある。
 って言うか、考えてみれば「いくたま」って言葉も何処かで聞いたような。
「あっ、そうか! 隆史が使う祝詞の中にあった言葉だ、いくたまって!」
「十種の神宝は旧事本紀に伝わる幻の宝で、十種すべてが揃えば死者を甦らせることも出来ると言う秘宝なんだ。また、ある種の神法を行えば、どんな人間にも扱うことが出来ると言われている」
「じ、実在するの? それ」
 隆史の話が本当なら、十種の神宝って漫画みたいなアイテムだな。
 誰にでも使えて、その効力は保証済み。誰でも欲しがるぞ、そんな物。
「実在も何も、十種の神宝はもともと志沢家が保管していた物だったんだ。だけどその十種の神宝のうち、生玉と呼ばれる神宝が突然消えた」
「へ」
「お前、言ってたよな。昨日からうちの様子がおかしい、何で姉さん達が全員揃ってるのかって。あれはうちで守り続けてきた神宝、何があっても外に出してはいけない筈の生玉が消えてしまったからなんだ。志沢家は十種の神宝を守る為に存在したと言っても過言ではない、それが紛失したんだから、みんな仕事だの何だの言ってられなくなってたのさ」
「……か、家族会議してたってことか」
 その割には姉さん達呑気だったけど、この際、そんなことはどうでもいいっ。
 やっと明かされた真相に、僕は呆然としてしまった。
 志沢家が『十種の神宝』を守っていた、なんて話も初耳だし、その消えた神宝が僕の前に現れたヤバイ連中の捜し物だってことにも驚いた。
 だけどまさか、話が全部繋がってたなんてさあ……。
「十種の神宝は誰もが欲しがる幻の秘宝と言って良い。今頃は形あるもの、ないものまで、あらゆる存在が消えた生玉を求めているだろう。他の神宝は全てこの水縄神社で厳重に保管しているが、生玉だけは結界を離れているからな。それで妙な連中が動き始めたんだと思う」
「だけど何で? その生玉、だっけ、何で僕なら捜し出せるなんて」
「神宝は不浄を嫌う。死者の霊は『穢れ』だから、連中がいくら必死に捜し回っても、結局は見つけ出すどころか近寄ることも出来ない筈なんだ。だから生きた人間の力を使って捜し出したいのさ。お前は霊力が強くて影響を受けやすいと言う、奴らにすれば利用されやすい体質をしている。生玉を捜すのに、これだけ都合の良い人間もそうはいないだろう」
「い、いないだろうって、お前」
 簡単に言ってくれちゃったけど、冗談じゃないぞ。
 そんな訳の分からないものの為に、何で僕が犠牲にならなきゃいけないんだよっ。
「隆史! 早くその生玉を見つけだして、水縄神社に戻してよっ」
「それが出来るなら問題はない。俺達だって遊んでる訳じゃないんだぞ、消えてから今日まで、手を尽くして捜し回っている」
「じゃあもうすぐ見つかるよな? って言うか誰が盗み出したのかも謎だけど、そうだ!警察には被害届出したのか? こう言う時は妙な力に頼るより、国家権力にお願いした方がずーっと良いぞっ。時と場合を考えて臨機応変にだなあっ」
「しかし、相手が単なる泥棒とは思えないな。あれの力を考えると」
 重々しく、隆史が溜息をついた。
「生玉の力は能力の活性化、つまり増幅装置みたいなものなんだ。神宝の中でもわざわざあれを盗み出したのなら、そいつはただの素人じゃない、と思う。それに泥棒なら、一つだけ盗むなんて器用な真似はしないだろう」
 た、確かに。
 普通は目についたもん全部持って帰るよな。
「じゃあどうするんだよ。僕、生玉を捜す方法なんて知らないぞ。協力したくても出来そうにないし」
「分かってる。お前に期待するほど馬鹿じゃない」
 ……こう言う時、嫌味を忘れないお前の性格はある意味凄いと僕は思うぞ。
「とにかく、生玉を捜すのに並行してお前のガードも強めるしかないだろうな。自分でも注意して、やたらと近付いて来る連中の言葉に安易に耳を貸さないようにしろよ。連中がどんな姿をして現れるのかは俺にも分からないし、お前みたいな単純馬鹿は、自分からころっと騙されそうで心配だ」
「分かってるよ。その、生玉って言うのが見つかるまでは自重してればいいんだろっ」
「そうじゃない! 今回の件がなくても、お前はもともと霊に狙われやすい体質なんだよ!そう言う意味で自覚して、少しは危機感を持てと言ってるんだ。でないと俺にだってどう仕様もない!」
 怒鳴られて、ぽかんとした。
 馬鹿にされたり叱られることはあったけど、こんなふうに本気で怒られるのは初めてだったんだ。
「わ、分かったよ。危機感、持つ」
「それならいい。あと、この件は姉さん達には秘密にしておいてくれ。ただでさえ生玉が消えたことでパニック状態なんだ。この上、生玉を狙った連中が動き出している、なんて知れたら大事だからな」
「……そうかなあ……全然パニック起こしてるようには見えなかったけど……」
「とにかく隠し通せ! 能力もないあいつらが、いちいち首を突っ込んできたら足手まといだ」
 そっちが本音か。
 お前、姉さん達に対してそりゃないだろう。
 とは思ったんだけど、心配をかけちゃ悪いって言うのは本音だと思ったから、やっぱり姉さん達に事情を話すのはやめておくことにした。
 大体その生玉ってのが見つかりさえすれば、僕だって妙な連中から解放される訳だしね。
「だけど本当に大丈夫なのか? 最初はともかく2回目なんか事故まで起こってるし、3回目に到っては白い鳥が助けてくれなかったら今頃どうなってたか……こんなの今までになかったパターンなんだよなあ」
「俺は一度口にした約束は違えない」
 言ってから、隆史が急に僕の頭をごしごし撫でた。
「お前は必ず俺が守ってやる」
 まるで弟に言うみたいに。
 強い意思、みたいなものが感じられる視線に射られて、僕はしゃっくりを堪えるみたいに息を詰めた。
 何かもの凄く照れくさいんだけど、笑ってごまかしちゃいけないような雰囲気が、そこにはある。
 友達としての責任感じゃない。
 もっと別の、力強い何かが。
「そ、そう言う台詞、僕じゃなくて高石さんに言ってあげたら?」
「美那子より、お前の方がよっぽど頼りないから言ってるんだ。タチの悪いものを集めるだけ集めて後始末も出来ないなんて、それこそ周りに迷惑だからな」
「何だよそれっ」
 ムカッとして怒鳴ったけど、でも本音を言うと、僕は何だかむしょうに嬉しかった。
 一瞬のうちに表情を消した隆史の横顔は、いつものように冷ややかで、さっきまで浮かんでいた筈の保護者みたいな空気もなくなってたんだけど……懐かしい、気がしたんだ。
 こんなふうに本音で言葉をぶつけられるなんて、まるで昔にかえったみたいだって。
 勿論、昔の隆史はこんなふうにムキになって怒鳴ったりしなかったし、そう言う意味では全然昔と同じじゃない。
 だけど、ここしばらく、ずっと遠くに感じられていた隆史の存在が急に近付いたような、僕らの間にあった壁が少しだけ取り除かれたような、そんな気がして。
「何にやにやしてるんだよ。妙な奴」
「いいじゃん別に、落ち込んでるよりはマシだろ」
 そうして、へらへら笑ううちに、僕はまたもや忘れていたんだ。
 僕を守ってくれたあの白い鳥、あの不思議な生き物の正体は、一体何だったんだろうかってことを。




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