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「失楽園」
- 第二部....4
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- サンクキングダムの寮部屋は、それぞれ二人部屋になっている。
編入初日の朝、枕が変わった為か常になくすっきり目覚めたシンジは、誰もいない部屋を見回してほっと溜め息をつく。
ルームメイトがいなくて本当に良かった。
あのデュオ、と言う少年から聞いた話によると、どうやらこの学園を占めるのはほぼ女子生徒で、男子は自分を合わせて五人しか存在しないらしい。
つまりは自分と、昨日会った少年達で全部。
何とか覚えた名前を脳裏に甦らせる。
確か最初にここに入ったヒイロ、とカトルが同室で、次に編入したデュオとトロワが同じ部屋。
で、次に入ったシンジは自然一部屋を自分だけで過ごすことが出来る様になった、と言う次第だ。
レイとアスカは言うまでもなく二人で一部屋で、こんな所で気を揉んでも仕方ないとは思いつつも、うまくやってるのかなぁ、とかなり心配になる。
……少なくとも自分は誰に干渉されることもない自由な一人住まい。他人との共同生活と言うものが余り得意ではなくて、どちらかと言うと苦手の部類に入るシンジとしてはこれが一番ほっとすることだった。
……決して、嫌な訳じゃないのだが。
本当に、苦手と言うだけで。
(それでもトウジ達と一緒にいる様になってからはまだ……あ、その前にミサトさんとの共同生活か。アスカともいつの間にか同居することになってたし)
でも一度だけ、心からほっとして誰かと一緒に過ごしたことがあった。
誰も他人で、他人だから自分を分かってくれないのは当然のことで、なのに自分自身ですら掴めないこの自分を、自然に受け止めてくれた人。
あの人の名前は何だったろう。確か……。
「……あれ」
一瞬だけ脳裏をかする姿。
でもそれはすぐに消えて、だからシンジは自分の記憶違いを自覚するよりなかった。
(そう……だよね。そんな人がいるなんて信じられないよ)
だからなるべくこの学園でも、人とは距離を置いて接したい……、
などと考えていたのが甘かったらしい。
「あれぇ、もう起きてたのか。てっきり寝坊してんじゃないかと思ってさ、隣部屋のよしみで声かけたんだけど」
「お、お早うございます、デュオ……さん」
ピースクラフト学園の制服って派手すぎるかも、と着替えながら困惑していた矢先のデュオの登場に、シンジは引きつりながら挨拶を返す。
デュオ・マックスウェルも既に制服を身につけていたが、良く似合っている。
そもそも彼については昨日見た牧師スタイルをアレンジした服装しか知らないのだけれど、元々スタイルが良いから違和感がないのだろう……そんなことを思いつつ、シンジは溜め息をつきたくなった。
まだ届いてないから、と言うのを口実に前の学校のものを使用するつもりが、昨日寮につけば自分より先に制服の箱が届いていたのだから笑えない。
確かに初めて会った時のヒイロやカトルが制服姿だったので、どんな物なのかは知っていたけれど、あの二人が着ているとすんなり似合っていたから違和感を感じなかったのだ。
(制服が派手なのか、僕が地味なのか……どっちも、かな……)
鬱々とそんなことを考えていると、相手はひまわりのように明るく笑って、
「なんだよ、俺のことはデュオで良いって。それより今から下でメシだろ、一緒に行こうぜ」
「ぼ、僕は良いよ。あんまりお腹空いてないし……」
「なーに言ってんだ。食事の基本は朝! だろ、ぶっ倒れるぞ」
「でも、僕」
「んじゃ悪い、付き合ってくれよ。何か俺達がこっち来てからカトルが……ほら、昨日居ただろ、あいつの様子がおかしいんだよ。シンジが中に入ってくれると雰囲気変わるだろうし、もし良かったら」
などと。あらがえない強引さで引っ張り出されて、結局食堂に出る羽目になった。
予想通り豪華な食堂はどこかのホテルの様で、自由に席につく女子生徒の中を進みながら、すぐにヒイロ達男子陣を見つける。
デュオはそちらにすたすたと歩いて行ってしまったが、シンジとしてはレイやアスカと合流しないと何だか落ち着かない気分である。
(何か、昔の外国映画の寄宿舎みたい……アスカ達、まだ下に降りてないのかな)
「まだ寝てんのかしら、シンジの奴。ミサトのマンションに居た時は食事の支度とかで結構早かった筈なんだけどなぁ」
「……食事の支度、碇君なの」
「そーよ。言っときますけどね、あたしが来る前からほとんどアイツが家事洗濯してたんだから」
隣でぼそ、と呟いたレイに言い返すと、アスカは一段飛ばしで階段を降りて行く。
隣室の生徒に聞いて食堂に降りてきたまでは良かったものの、肝心のシンジの姿が見つからない。
女子がほとんど、しかもその人数も多くはない筈なのにどうして分かんないのよ、と思いつつ眺めていた視界の隅に、ようやく男子生徒の一団を見つけて目を細める。
「……最低」
シンジは一人じゃなかった。昨日のあのいかにも怪しい、一般生徒とはどうしても思えない連中と一緒だったのだ。
「何考えてんのよ、バカシンジっ」
「失礼ですけれど、もしかして貴方、昨日こちらにいらした編入生の方?」
「ええそうよ、だから何っ……て、え?」
苛々と遠くの席に着くシンジを睨んでいたアスカは、その時掛けられた声に反射的に反応してからはっとなった。
見れば眼前に金髪碧眼の女性が静かに立ち塞がっている。
「ええと、貴方は」
「紹介が遅れましたわね。私ドロシー・カタロニアと申します。余りお顔を見ない方でしたので、もしかしたら噂に聞いていた編入生の方ではないかと思って声を掛けてしてしまいましたわ」
にこり、と笑うその姿に、何となく引っ掛かるものが感じられる。
「私もこちらに留学していて、つい先頃ここに来たばかりですの。お二人もそうでしょう?」
「ええ、まあ」
「今はどちらも情勢が不安定で、ですから私なるべくあちこちのお話を伺うことにしておりますの。よろしければご一緒して、あちらで食事いたしませんこと?」
はっきり言ってやだなあ、とアスカは思った。何だか物凄く嫌な感じがする。
物腰は丁寧なのだけれど、どうも癖のある雰囲気。
この学園にいるのは誰も良家の子女ばかりと聞いていたのに、彼女の眼光はどうもただのお嬢様とも思えない鋭さがある。
(って言うか、あのヒイロって奴みたいなのもいる所なんだし……誰がいようとおかしくはないわよね)
3バカトリオのケンスケ流に言えば、いや〜んな感じ。
と思いつつ、
「そうね、構わないわ」
と頷いたのは自分の立場を考えたから。一応データはあるに越したことはない。
ここの代表のリリーナ・ピースクラフトも口にしていない真実を隠し持っている可能性もあるのだ、ネルフと同様に。
「そちらの方は」
「…………行くわ」
長い長い沈黙の後、アスカの背後にいたレイも静かに、そう答えた。
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