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「失楽園」

第三部...5
 ピースクラフト学園の生徒数はそれ程多いものではない。
 確かに学園を形成するだけの人数ではあったけれど、それでも学園の広さを考慮すればやはり少な過ぎる程だと、教室に入った途端感じずにはおれない……シンジは女生徒達で華やぐ教室に少し緊張しながら思わず溜め息をついてしまった。
(第壱中学よりは多いんだろうけど、女子ばっかりって何か雰囲気違うな)
 変な話、学校と言う感じがしないのだ。
 平和主義の両家の子女ばかりが集まっているそうだから、その上品な雰囲気から余計にそう感じられたのだろうか、ふとトウジやケンスケ達のことを思い出して何となくしんみりしてしまった。
(皆、元気でやってるのかな)
「何だシンジ、緊張してんのか? 初日は第一印象考えてもっと明るく行こうぜ」
 明るいデュオの声と同時に、ぱん、と軽く背中を叩かれて思わずよろけた。
 それでも彼の元気付けの言葉は気分を楽にしてくれて、いつもは接触を拒む筈の自分の意外な気安さにシンジは内心驚く。
 と言うより多分、デュオは思った以上のムードメーカーなのだろう。
「ま、ヒイロの奴も暗いけど、こいつは例外だからさ」
「うるさい」
「……あ、あのさ。カトルやトロワはまだなのかな……」
 そう言えばまだ戻らない。
 少し心配になって言うと、デュオがひらひらと手を振りながら振り返った。
「あの二人だからサボりゃあしないと思うけど。お、シンジの連れも来たみたいだぜ」
 何となく開かれたままの教室の入口で(と言うより横手で)躊躇い、不自然な場所で話し込んでいたシンジは、声にデュオの見つめる方角を眺めて、確かに廊下をやってくる姿を認めた。
 アスカとレイ、それに見慣れない少女がもう一人並んで歩いてくる。
(あれ? 誰だろう)
 と思う間もなく、三人はすたすたとシンジ達の前までやって来た。
「バカシンジ、やっぱり先に来てたのね」
 開口一番にこう切り出したのは当然ながらアスカ。
 少し厳しい目つきになっているものの、口調程怒ってはいないらしい。
 レイはシンジを認めてから目を伏せ、そうしていると隣に居た少女がまずこちらに踏み出した。
「皆様、初めまして。私ドロシー・カタロニアと申します。ヒイロとカトルとはもう面識がありますけど、他の方々とは初めてお会いしますわね」
 どことなく人を見下すような雰囲気の少女だった。
 穏やかな態度ではあるが、鋭い視線がそれを裏切っている。
「……じゃま、俺の方も。デュオ・マックスウェルだ、ヨロシク」
 何となく一番に自己紹介する勇気もないシンジに、それではとデュオがまず名乗りを上げてくれた。
 自己紹介の必要のないヒイロと無言のシンジ……こちらのメンバーを考えればそれはごく自然な流れだったのだけれど、おや、とシンジは咄嗟にデュオを振り返る。
 珍しいことに彼の声がいつもの快活さを失って、少し堅く響いたから。
 シンジはアスカ程積極的にこのサンクキングダムに繰り広げられている混雑な事情を掴もうとはしていないから、ドロシーがデュオ達にとってどう言った存在であるか、この時点では予想出来ていない。
 だからこその驚きも、この場ではどうやらシンジだけが抱いたものだった様だ(レイがどう思ったのかは謎なので、これは保留にしておく)。
「まあ、貴方がデュオ。噂はかねがね伺っていますわ」
「……俺って結構有名人だよな」
「宇宙ネットで放送されては仕方ないでしょう? ふふ、今ここにいらっしゃるのは貴方の実力の高さの証明か、それとも強運の賜物か。どちらが真相?」
「そりゃまあ、俺のじ……っいっ!」
 状況が掴めずに目をぱちくりさせていた(流石に今回はアスカも事情が呑み込めていない)シンジは、突如上がった悲鳴にぎょっとして身を引いた。
 飛び上がるデュオが何故悲鳴を上げたのか理解出来ず、それでも足を抱えた姿勢でヒイロを睨むその様子から何となく納得する。
 どうやらヒイロがデュオの足をねじる様に踏みつけたらしい。
「無駄口を叩いている暇があるなら、さっさと中に入るんだな」
「おっ前、なあっ!」
「あらヒイロ、冷たいのね。私まだこちらの方の名前を伺っていないのに」
「自己紹介の時間は嫌でも用意される。ロームフェラの人間はその程度の時間も我慢出来ないほど短慮か」
「……おい、ヒイロ」
 何となく危険なムードになってきた。爆弾発言をした(らしい)当のヒイロは平然と教室に入ろうとし、更に言われたドロシーの方は興味深げな視線でその姿を追っている。
 ああ訳が分かんないよと焦るシンジに、凛とした声が響いたのはその時だった。
「デュオ・マックスウェル!」
 振り返れば、廊下の向こう、アスカ達の背後からきりりとした軍服をまとった女性が歩いてくる。
 ミサトも時折軍服で正装するが、種類の違いはあれどそこに通う空気は実に似通っていると感じずにはいられない……ある種の厳格さと魂の高潔感、男女の違いなく共通して存在する雰囲気、女性もまたその気品ある空気を持っていた。
 彼女の名前はシンジも知っている。先日の臨時会談の際リリーナ・ピースクラフトと共に現れたのをモニターで見た。
 確か……そう、ルクレツィア・ノイン。
 すらりとした姿勢でこちらにやって来たノインは、そのままシンジ達に申し訳なさそうな表情で軽く一礼する。
「講義時間が始まる直前に申し訳ないのだが、彼を少し借りても良いだろうか」
「あれ? 俺に何か用?」
「少し時間を貰いたいんだ。君の友達がみえている」
「……ああ。分かった、顔出すよ」
 突然のノインの言葉にデュオはすんなりOKサインを出す。
 これから授業が始まると言うのに、ごくあっさりし過ぎるまでの対応のその簡単に、シンジは何となくデュオの横顔を眺めた。
(名前を聞かずにすぐ分かる位の人か。ほんとに親しい友達なんだな)
 デュオの性格を考えればわざわざここに尋ねて来るごく親しい友人の一人や二人、居て当然だとシンジも思う。
 じゃあちょっと行ってくるわ、と言い残してノインと共に去る姿に何とはなしに羨ましいものを感じて、目を逸らした途端今度は反対側の廊下の向こうからやって来る人影が二つ見えた。
 すらりとした影は男性のもので、そうなれば確認するまでもなく、この学園でシンジ達以外の男子はカトルとトロワしかいない。
「……遅くなってご免、もう講義が始まってしまうね」
 案の定教室の前まで寄って来た姿は二人のもので、まずカトルが穏やかにそう切り出した。
 そこにはもう、先程表情に差していた不安定なまでの陰はない。
「あれ? デュオは、もう教室の中?」
「先程ノインさんに呼ばれて行ってしまいました。親しい友人が尋ねていらしたそうよ」
 答えたのはドロシー。
 多分デュオの反応からしてカトルにとっても彼女は余り歓迎出来ない存在の筈だと、さすがのシンジにも見当がついて心配になっていると、カトルはドロシーに意外なほど柔和な笑みを返した。
「そうですか。それじゃあ、仕方ありませんね」
「いずれにせよ中に入った方が良さそうだな。どうも注目の的になっている様だ」
 トロワの言葉に一同は一斉に教室を見返った。
 中では学園の女子生徒達が扉口に集まった男子生徒及び編入生に熱い視線を送っている最中で、興味深げなその様子に、シンジは見る間に真っ赤になる。
 注目には本当に慣れていない……エヴァのパイロットだと第壱中学のクラスメイト達に知られた時も、どうすれば良いのか分からなくなってしまった位だったのだ。
「情け無いわね。バカ面さらしてないで、アンタもさっさと中入んなさいよ」
 次々と教室に入って行く一同に、まだ躊躇っていたシンジは後ろからアスカに突き押される様にして中に入る結果になってしまった。
 何するんだよ、と声を上げようとして、そのままシンジは口をつぐんでしまう。
 眼前で、ヒイロ・ユイがこちらをじっと睨んでいたのだ。
 その鋭い眼光に思わずたじろいで息を呑んだ途端、けれどその視線が自分に向かっている訳ではないと、シンジはすぐに気付いた。
 鋭い眼光はシンジにではなく。
 綾波レイに、向けられていた。






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