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「失楽園」

第三部...6
 状況を考慮すれば、真実疑惑を抱かれるべきなのはむしろ、ネルフを擁する第3新東京市の方だった。
 何故ならその領域が実にごく限られた小国の市街地付近であるのに対し、サンクキングダム側では全ての場所において、その世界観に狂いはなかったのだから。
 それらを全て踏まえた上でエヴァのパイロット達はピースクラフト学園に編入したのだし(リリーナ・ピースクラフトの意思がどうであれ、それは事実上“人質”の意味を含めていた)、ネルフも下手に出ざるを得なかったのだ。
 サンクキングダムがネルフ内部の視察を要求しなかったのは、実にリリーナの人柄と彼女の示す主義のお陰で、でなければネルフはその要求を拒め切れなかっただろう。
 平和主義国家のサンクキングダムの軍事力がどうであれ、他の力の介入があればネルフがいつまでもその門を閉ざしたままでおれるとは到底思えない。
 だから、
「実は、デスサイズヘルの到着と共に伝えねばならないことがある」
 呼ばれるままたどり着いた地下のモビルスーツ格納庫で、振り返ったノインが厳しい表情でそう切り出した時、デュオは「ははあ」と思った。
「あの編入生のことだろ。それとも外にイキナリ現れた組織のことかな」
「いや、そう言ったことではないのだ。……本来ならヒイロ達も呼びたいところなのだがそうなっては他の生徒達に勘付かれる恐れがあると思ってな。君のガンダムが到着したのを良いことに、代表で来て貰った。と言うところだ」
 他の生徒達、と言う言葉は勿論、シンジ達のことを差しているのだろう。
 いや、そればかりではない。恐らくロームフェラの血縁者であるドロシー・カタロニアのことも。
 デュオがこの学園に到着してまず驚いたのは、リリーナの無防備とも呼べるその行動だった。
 敵をおそれず懐に招き入れるという彼女の行動には、デュオも感嘆の念を抱かずにはおれない。
 だがそれもリリーナの一種カリスマ的な空気と、汚れることのない高潔な理念の成せる技で、普通のお嬢様の仕業なら苦労知らずだとか世間知らずだとか、そう言った類の言葉が口をついていたかも知れなかった。
 そもそもあのリリーナを前にして、そんな言葉を連想させる人間がいるとは到底思えないが……。
「で、その伝えたいことって?」
 眼前の壁際、薄暗い格納庫に立つデスサイズヘルの黒光りする側面に視線を送ると、デュオはさらりとそう尋ねた。
 声に、ノインは困惑した様に眉を歪める。
「まだ未確認なのだが、北海方向から不審な機影が観測されている。移動状況を考慮してもモビルスーツとは考えにくいし、不確かな情報をリリーナ様にお伝えすることもはばかられてな」
「不審な機影? 何だよ、レーダーで詳しい確認取れないってのは妙だな」
「君にも見て貰いたい」
 案内されたコンピュータルームで、デュオは言われるままにオペレーター達の間からひょいとモニターを覗き込んだ。
 それからしばらくの後、唸る様な声を出す。
「うーーーん……? 何だ、こいつ。確かにモビルスーツにゃ見えないよな」
 ……モニターに映るのは画面一杯の海と、そこから半身を出して移動している何ものかの姿。
 それはまるで人の形の様な直立姿勢、更に滑らかな動きでこちらに向かっている。
 動く都度揺れる全身は不自然なまでに柔らかく、機械的な匂いが一切なかった。
 これはモビルスーツと言うよりも何か、
「獣。か、何かみたいだ」
 そう。
 無機物ではない……何か巨大な生物。
 デュオのつぶやきに、ノインは唇を噛みながら並んで頷いた。
「我々の目から見ても、これは生物の様だと思えた。だがこれだけの巨体生物の話は聞いた事もないし、存在しないことも調査済みだ。それが突然現れた……これをどう思う? デュオ」
「今回の異常事態に関係あるんだろうな、やっぱり。どっちにしろこれじゃ対策の取り様がない」
「君でもそう思うか。やはりこれは、ネルフと連絡を取るべきだろうな」
「それよりも俺は、さっさとあちらサンの施設内部をチェックすべきだと思うぜ。幾らなんでも甘すぎる、事情がどうであれこれだけの環境下にイキナリどかんと組織構えて、内部を人目にさらしたくないってんじゃ済まないだろ。あっちだってそれ位理解してる筈だろうし」
「リリーナ様のご意思だ。問題も起こっていない今、そんな申し出は今更出来ないよ」
「今はまだ、だろ。この先何が起こるのか分かんないぜ。ただでさえここは危うい、ロームフェラがあのネルフって組織を口実にして攻撃して来たって誰も責められないんだ。この地下の軍備もその為のもんなんだろーが、さ」
 いつも快活で明るいムードを呼ぶデュオも、さすがにこう言った事情下では辛口になってしまう。
 厳しい横顔はとても十五の子供のものではなく、そうしてノインはまた気付かされるのだ。
 彼もまたヒイロ達同様、この戦場に……それも極めて危険な戦線に、身を置く戦士の一人なのだと言うことを。
「それに……」
 言い掛けたデュオは、ふと口をつぐんで目をぱちくりした。
 何事かとその様子を眺めるノインに再び、はっとして首を振る。
「……あ、いや。何か俺、おっかしーな」
「え?」
「気のせいだとは思うんだけど、俺ってここに居て良かったんだっけ?」
「……何を言う。君達の力を必要としたのは我々の方だ」
 デュオの要領を得ない言葉を、平和主義と自己の存在理由とに悩む末のものだと咄嗟に判断したノインは、小さく吐息すると優しい語調でそう答えた。
 けれどデュオは慌てて手を振ってその誤解を解く。
「いや、そーじゃなくてさ。違和感みたいなのが……あーも、いいや。忘れてくれ」
「?」
「とにかく“友達”が届いたんだ、俺はいつでも動ける。ちょいと調整に時間貰えるならだけど、正体不明の影がこっちに上陸して来る様なら俺が行が出るよ。戦況見てからネルフに連絡取っても良いし、それ位しときゃ内部見せて貰う口実にもハクが付くしさ」
 デュオ独特の軽い口調に、ノインは深く頷いた。
 ……勿論この正体不明の敵影が、どれだけの混乱と恐怖の種を持ってこちらに近づいているのか。
 この時点では誰も、予想出来ていなかったのだけれど。


* * * * *


 ふと物音を聞いた気がして、ネルフ本部入口に立つ警備員は、ライフルを構えた姿勢のまま油断なく辺りを見回した。
 第3新東京市に異常が起こってから数日、ネルフの警備は見えない場所からこうした目に付く場所まで少しずつ、けれど確実に厳しくなっている。
 ライフルをこれみよがしに備え付けるのも警戒体制が続く近況を考えれば無理のない話で、それでも自衛隊の様なプロフェッショナルに比べて戦闘経験の浅いネルフ関係者に、この事態が長続きするのは非常なストレスに絡がり……事実、交替制の警備もメンバーの神経を段々と衰弱させている。
 だから、そんな中で聞こえた物音は警備員達を動揺させるのに十分なものだった。
 勘違いだったと笑いごとで済めば良いが、もしこれが不審な件に絡がったりしたら……考えてすぐ仲間に連絡を取ろうとした警備員は、けれど次の瞬間、首の後ろに衝撃を感じて床に崩折れた。
「……ここが市街地の中心組織か」
 倒れた警備員を見下ろす様に立つのは、まだ若い少年の姿。
 中国服を見にまとう端正なその顔をもしトウジ達が認めたのなら、あの時の少年だと断定出来ただろう……そう。
 それは紛れもなく、張 五飛の姿だった。




 かたかたと鳴るのはキーボード。
 連打するそれにディスプレイは次々とデータを映し、けれど瞬く間に貴重なデータは流れて行ってしまう。
「成程、結局はアイツを呼び出してしまったと言う訳だな」
 加持リョウジは猫背の状態でしばしディスプレイを睨むと、やがてそんな独白をそっともらす。
 その顔からはいつもの余裕が消え、かすかな焦りとらしくない鋭さが伺えた。
「こんな方法でしか結末にたどり着けないとは思いたくないが……司令と副司令の不在はまさか、これを邪魔されない為の心理的な排除なのか?」





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