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「失楽園」

<序....SIDE B>
 同時刻、北欧。サンクキングダム王国。
 第3新東京市に続き、その異変はピースクラフト学園にも察知されていた。
「森が一晩で消えて、見慣れぬ都市が出現した……あれがそうなのですね、ノインさん」
「はい。出現時刻に関しては、レーダーの故障が認められた午前零時から一時の間とみて間違いないものと思われます」
「レーダーの故障……」
 眼下の景色をじっと見つめると、リリーナは重い声を出した。
 理事長室の壁一面を覆う窓の向こう、本来ならフィヨルドの海岸と森茂る景色のあるべき場所に、初めて見る種の近代都市が映っていた。
 比較的背の低い建築物で構成されている為、遥か遠くまで見通すことが出来るそれは、リリーナの立つ位置からも肉眼でかなりの面積を認めることが出来るものだ。
 こんなものが急に現れたというのだろうか、少なくとも一時間の内に。
(近い……)
 そう心中で呟きをもらすと、リリーナは表情をかたくしたまま振り向いた。
「あの都市からの連絡はないのですか」
「いえ、今のところは。偵察隊を向かわせるべきなのでしょうが、もしあれらが敵の攻撃拠点として造られたものだとすれば危険だと思い、指示を下せません。作戦をたてるべきでしょう」
「ですが一見して攻撃拠点とも思えませんし、通信連絡の方法を取りましょう。それにノインさん、我々は平和主義の思想を掲げた国家、敵を持つ立場ではないのですから」
「……レーダーの故障と云い、何か意図的なものが感じられませんかな」
「パーガン。例えそれが作為のものだとしても、一晩で森を切り開き、都市を作り上げることなど出来るものではないでしょう?」
 執事の言葉にも、リリーナは小さく首を振った。
 その様子に、ですが……とノインは眉を寄せながら言葉を続ける
「不審なことはそれだけではないのです。コントロールルーム勤務の者全てがレーダー故障時の記憶を失っている、或いは不思議な睡魔に襲われ勤務中にも関わらず眠ってしまっていたと報告しているのです。つまりあの都市が現れるさまを知る人間は今のところ存在しないと。勿論この後市民の意見も伺い、対策を練るつもりですが……市民の緊急避難の必要性はないのでしょうか」
「市民を避難場所に一時集めさせておけ。俺が探りに行く」
 突然ノインの言葉に割って入った鋭く低い声。
 再び窓の向こうを見つめていたリリーナは咄嗟に振り返ると、聞き馴染んだその声の持ち主に向き直った。
「ヒイロ!」
「異常事態だ。連絡を取る前に俺が出る」
 理事長室の扉の前に立つヒイロ・ユイは、緊急事態を察知して着替えたのか、もういつものモスグリーンのタンクトップにスパッツと云ういでたちになっている。
 その後ろにはこちらはまだ制服を身につけたカトル・ラバーバ・ウィナーの姿。
 緊迫した面持ちの二人を認めてノインの表情も自然引き締まった。
「君があの都市に行くと云うのか? だが連れていく人間は……」
「必要ない。俺一人で十分だ」
「ヒイロ、待って。いくらなんでも一人じゃ危険だよ。僕も行く」
 感情の読み取れないヒイロの声に、慌てて声を上げたのはやはりカトルだった。
 以前もヒイロはトレーズ派のMDが王国領土に迷い込んだ際、一人で行動を起こしていた。
 ……オペレーション・メテオに選出されたメンバーの一人であり、ガンダムパイロットでもあった彼は確かに優れたパイロットだったけれど、特異とも言える優秀性から生まれるその単独行動に、最近のカトルは少なからず不安を覚えていたのだ。
 モビルスーツの操縦に関してはカトルだってある程度の自信はある。
 けれどそのスタートラインには随分な隔たりがあり、同じメテオのメンバーだとしてもヒイロの工作員としての判断力、行動力には他のメンバーにはない何かがあった。
 何かと問われれば返答に困っるのだが……時には欠点にも成り得るその部分が、もしかしたらカトルの不安を煽っているのかも知れない。
 ずっと戦いの中に身を置いてきたヒイロとカトル。
 けれど今こうしている場所は、平和を第一に考えたピースクラフト学園なのだ。
 なのに……何故だろう。この中にあってヒイロの戦闘意欲は以前より増している風にすら、カトルの目には映っている。
 ドクターJからの任務がおりない中、自ら進んで最も危険な場所へと向かおうとしているヒイロ。
 何がそれ程までに彼を急かしているのか、分からないでもないからこそ、カトルはヒイロを引き止めずにはおれない。
「ヒイロ。いいね?」
「いや。お前はここに残れ」
「……ヒイロ!」
「潜入するのなら単独行動の方が便利だ。お前はここで防衛部隊と行動を共にしろ」
「無茶です、ヒイロ。私は許可出来ません」
「許可は必要ない」
 リリーナの言葉を断ち切る様に呟くと、後はもう何の未練もなく理事長室を出て行く。
 頭を下げた後続いて退室したカトルの後ろ姿に、ヒイロに向かって進みかけていた身体を止めると、リリーナは小さく目を細めた。
「ノインさん。今すぐあちらと連絡を取って下さい。ヒイロの身に危険がある様なら、彼を止めなければなりません。私が直接モニターに出ます」



「なんだか面白そうなことになってきましたわね」
 薄暗い部屋の窓に映った第3新東京市の遠望に、ドロシーは窓辺に頬杖をつきながら微笑した。
 意思の強そうな薄い青の瞳がきらきらと輝いている。
 まるで新しい玩具を見つけた子供の様な、けれどそれだけにしては幾分か含みのある輝き。
「こんな場所にあんなものが突然現れて、リリーナ様は一体どうなさるおつもりなのかしら。また新しい戦争の始まりでなければ良いのだけれど?」



 そうして異なった二つの世界は、ほんのひとときの時の歪みと共に、本来有り得なかった筈の物語を造り上げていくことに、なる。







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