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「失楽園」

第四部...5
 使徒の不気味な黒い体躯が、エヴァンゲリオン初号機に挑む様に、その両手を組み交わした姿勢で震えている。
 そのすぐ側には初号機にもたれる様にして弐号機が、少し離れた位置には零号機が見えていた。
 無言の競り合いの中、どの機体も大きな動きを見せようとはしない。じりじりと震える初号機と使徒の両手ばかりが戦闘中であることを物語ってはいたのだが……。
 やがて静かな戦闘の末、使徒の身体が奇妙に肥大する。
 黒く歪んだあちこちがゆっくりと膨らみ不気味にかすんで、
 音もなく、弾けた。
 その身体から解析不明の光る金の粒子が飛び出し、まるで胞子の様に風に乗って空に舞い上がっていく。
 光はジオフロント上空の巨大な穴を飛び出し、やがて使徒の身体が跡方もなくなる頃には、第3新東京市ばかりかその周囲の森やサンクキングダムまで包み込んでいた………………。



「ここまでが、昨日行われた使徒との戦闘データになります」
 ぱちん、と暗闇の中浮かび上がっていた正方形のモニターが、音を立てて映像を消し去ってしまう。
 残るのは赤の微光に浮かび上がる数人のネルフ関係者の顔のみ。
「結局あの粒子の解析については、残念ながら結果の出ないまま終わりました。この件についてはマギも回答を保留しています」
「シンジ君達にも異常はなかったし」
「あのまま敵の精神汚染を受け続けていれば、命の保証は出来なかったけれどね」
「どちらにせよ、この使徒の登場で淡い期待も夢に終わったわ」
「……使徒はもしかしたらこちらの世界には現れないかも知れない、と言うことですか」
「そして、サンクキングダムの要求も呑まざるを得なくなった」
 リツコの眼鏡が照り返しを受けて赤く光る。
「どうするつもり? ミサト」
「説明するっきゃないでしょう。こうなっちゃーね」
「司令と副司令の許可もないまま……良いんでしょうか、こんなことになって」
「許可取ろうにも本人達が居ないんだもの。いえ、来ていない、と言うべきかしら」
 ミサトの常にない厳しい眼差しが、先程までモニターのあった空間を空虚に睨んだ。
「どこまで話すつもりですか」
「全部、でしょ。セカンドインパクトについても前回より更に詳しい説明を行わないと、向こうも納得しないわよ。何たってこのネルフのデータバンクやマギにまで侵入しちゃう様な戦闘員が五人も揃ってるし……勿論、誰かさんのミスで既にネルフに侵入しちゃってるあの五飛って子も加えて、だけど」
「……反論の言葉もないわ。警備の人間から死者が出なかったことだけが、不幸中の幸いだったわね」
「その点については、セキュリティの見直しを管理部と調査部の方に依頼しています。でも本当に、敵ながら凄いですよね。彼らの様な人材ならネルフにも欲しい位ですよ」
 資料の束を胸に抱えて、真剣な表情でマヤが呟くのを、隣のマコトが複雑そうに笑いながら肩をすくめた。
「それじゃ僕達の立場がなくなる」
「で、その優秀な人材の一人である例の彼は本当に大人しくしてる訳、リツコ」
 ミサトがあえて名を出さずに尋ねたのは当然ながら五飛のことで、あの使徒とエヴァンゲリオンとの戦闘中もこのネルフに居た彼には、しばらく後に訪れるサンクキングダムの面々の登場までゆっくりと部屋に落ち着いて貰うことになっていた。
 五飛に関しては一応リツコが責任を持つことになったものの、リツコ曰く「行動的で高レベルなハッキング能力保持者である」彼が何故大人しくしてくれたかと言えば、このネルフが今現在は彼の敵ではないと言うことを納得して貰ったことによる。
 とは言え部屋でじっとしている少年ではないから、きっと何か色々な手法を用いてネルフ内部を調べ上げているのだろうことは一同にも予想がついてはいるのだ。
 ……ついてはいるけど、現ネルフ責任者であるミサトにしてみれば今更ながらとは言えその動向を聞かずにはおれないのである。
「どうせもうすぐ到着のお客様にほとんど知られることでしょう。それに、私やマギ保管の最高機密データバンク内部にはそう簡単に侵入されやしないわよ」
「それって自信あるって言いたい訳?」
「って言うより先輩開き直ってます……」
 ガッツポーズを取りつつ不敵に笑うリツコの姿に、何となく涙ぐみながらのマヤの呟き。
 人間完璧ばかりじゃいられないと言う現実の、これこそが分かり易い見本だったりする。
「司令や副司令が居たら、こりゃ二人仲良くクビ飛んでるわ。……と、もうすぐお客様の到着時刻ね。それじゃ後は全員通常勤務に戻って、私は本部入口まで出迎えに行くわ」
「その前に葛城三佐、」
 改まって指示を下すミサトに、声をかけたのはリツコ。
「何?」
「話があるの。私の研究室まで来て貰えないかしら」






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