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「失楽園」

第四部...14
「それじゃ、ほんとに町が消えちゃったって言うの? ヒカリ」
「信じて貰えないかも知れないけど、ここに逃げて来た皆が証人よ。ううん、ここまでたどりつけずに途中で町と一緒に消えてしまった人もいるんだから」
 再会の喜びを終えてようやく落ち着いた頃、シンジ達は合流して互いの事情の説明を行うことにしていた。ヒカリやトウジ、ケンスケ達は報道管制の為サンクキングダムの存在すら知らなかったし、シンジやアスカも地上で何が起こったのか全く分からないままなのである。
 ミサトから了解を取って迎えに出たのは勿論友人の無事を案じてだが、無事が分かったのなら自然話題は状況説明へと移って行く。
 まずアスカ達がサンクキングダムや交わった世界の話を済ませると、やっぱり、と三人が顔を見合わせた。
「あの異変の起こった日の朝、私達おかしな人と会ったの。ほとんど同い歳位の男の子なんだけど、その子の話を聞くと全然こっちの話と噛み合わなくて。もっと詳しく話を聞こうと思ってたらあの変なロボットみたいなのが現れて、避難してる間にその子居なくなっちゃったの」
「それで何か手がかりないかて、わしら色々調べとったんや。そやけどケンスケの奴が途中でミスりよってなあ、トレースされたやのどうやの言いだしたさかい、結局その後は打つ手なしになってしもて」
「そうなんだよ。それで仕方ないからいつも通り学校行って、家帰っての繰り返しやってたんだけどさ。今日起きたらいきなり町全体が霞んで見えたんだよね」
「最初は霧だと思ったの。ほら、最近気温変化が凄いし霧が出てもおかしくないって感じだったから……でもそれって全然違ってた」
 三人の説明によると、こうだ。
 突然、明朝に現れた霧らしきものは、時間の経過とともに濃く深くなっていった。その為、ネルフがそれを感知するより早く自治体が警報を鳴らし、とりあえず一般市民の外出は一切が禁止り……事態が掴めず、それでも市民が家の中でじっとしている時に、最初の消失が起こってしまったのだ。
 まず何の前触れもなく、一段と霧の濃かった区域がぽっかりと消えた。
 とは言えそれは、当初、更に霧が濃くなり、向こう側が見えなくなってしまった程度にしか思えず……その油断の隙に町は少しずつ消え始め、第3新東京市は、「端」から順に消失していったのだと言う。
 ようやく異常に気付いた町の人々は、その規則性を考慮して町の中心地まで避難した。しかし霧は更に濃くなり、時折それに巻き込まれた人間がふっつりと消えてしまう。パニックは静かに広まり、まるで恐怖映画の様な状況が展開されていたと言う訳だ。
「霧に呑まれて消えたってこと?」
「そうなるのかな。それでね、時間がたって霧が晴れたところを見ると、その場所すっきりしちゃってもう何もなくなってるの。真っ暗でぽかんとした穴が見えるだけ。あれ、何て行ったら良いのかしら……」
「虚無って感じだったね。下に何があるとか、上には空が残ってるとか、そんなのもう全然感覚がないんだ。ただ何もない空間がそこに残ってる。これでパニックにならない方がおかしいよ」
「わしらは何とか避難出来たけど、ほんまに避難出来へんで消えた人間も大勢おるんや。消えた言うたかて何でそないなっとんか、消えた町や人はどないなってしもとんかも全然分からんままや。妹も親もここには逃げて来てへんし……」
「僕の父さんもそうだよ」
「コダマお姉ちゃんやノゾミや皆もそう。でもアスカ達だけでも無事で良かった」
 うっすらと涙ぐむヒカリを抱き締めて慰めると、アスカはやるせない気持ちで唇を噛んだ。
 その様子を何とも言えず眺めるシンジ達もまた、どう仕様もない思いにかられてめいめいが表情を暗くする。
 一体何が起こっているのだ、この上で。
 この上ばかりではない。世界は、二つの重なった世界は一体どうなってしまったのか。まるで悪夢の様だ。
 それともこれこそが全ての結末なのだろうか。
 自分達の闘いの。
「ねえ、一度使徒が出たんでしょう? 警報が出てたけど、これってやっぱりその使徒のせいなの?」
 涙声のヒカリの言葉に、アスカがそっと顔を上げる。
「使徒って……だってあれはすぐに消えたのよ。だから」
 そこまで言ってはっとする。
 そう、使徒は消えてしまったのだ、目の前で。
 あれを本当に“殱滅”と呼んで良かったのだろうか?
「アスカ」
「分かってる。あの燐光みたいなのがもし使徒の変形した姿だったのだとしたら」
 もしかして、と言う推測に過ぎない考え。
 でも今考えられる理由はあれしかない。あの燐光は町中に降り注ぎ、あまつさえサンクキングダムにまで広がってしまっていた。直後の調査であれが人体に影響のないものなのだとの結果は出ていたが、結局その正体は不明のままだったのではなかったか?
 そう言えばサンプルを回収したスタッフも、あれがすぐに光を失って最後には酸素に変化してしまったのだと話していた……あれがもし、数時間を経て物体(有機物と無機物の別なく)を溶かす、もしくは消してしまう効力を持っていたのだとすれば。
「マズいわよ、これって」
「ミサトさん達そのことに気付いてるのかな」
「それだけじゃないわよ。もしアレが原因なんだとしたら、サンクキングダムの方だって消えちゃってる可能性もあるんだから!」
「何? 何のことなの、アスカ。シンジ君?」
「お前らだけで話しとらんと説明せんかいっ」
「その様子からして何か知ってるんだろ? やっぱり使徒が原因なんだな?」
 迂闊に内心の動揺を声に出してしまった二人に、ヒカリ達が身を乗り出してくる。
 しまったと思った時、まるで話を聞いていた様なタイミングでデュオとトロワがひょっこり姿を見せた。
「シンジ、アスカ。今事情を向こうで聞いたんだけど、この分じゃ早目に本部に戻った方が良くないか? 多分あっちもパニックになってるだろ」
「アスカ、この人達?」
 つんつんとつつかれて、振り向いたアスカにヒカリがこっそり尋ねる。
 恐らく気分的にはそれどころじゃない筈なので、これは好奇心と言うより微妙な不安が口にさせた言葉なのだろう。
「ええと、今話した“よその世界”の人。この人達もパイロットなの」
「エヴァの!?」
「じゃなくて、向こうの世界の……モビルスーツとか言うの。ロボットのよ」
 二人のやり取り気付いたデュオが、不意にこちらに向かって好印象な笑顔になる。
「よろしく、俺はデュオ・マックスウェル。何か大変なことになってるけど、俺達もこっちの皆と出来る限りのことはやるから」
「不安がるなと言う方が無理だろうが、状況はそれ程最悪でもない。少なくとも地上の異常事態が分からなかった程ここでは変化がなかったから、消失現象の及ぶ心配もないだろう。ちなみに俺はトロワ・バートンだ」
「ちょっと待ったっ! 今の話振りじゃ君達、ネルフ本部に入り浸ってるの!?」
 急に立ち上がって叫んだのはケンスケ。興奮の余り眼鏡がずり落ちている。
「いや、入り浸ってるってこともないけど……」
「でも入ってるんだ。入ってるんだなぁぁっ! 何でだよシンジ、あそこは関係者以外立入禁止なんだろ? 俺だって本部行って中見てエ……むがっ」
 多分話は「エヴァンゲリオンも見たいのに」と続く筈だったのだろう。
 けれど慌てたアスカとシンジが飛びついてケンスケの口を押さえたので、何とか言葉にさせないで済む。
 こんな場所で機密情報を大声で喋ったりなんかしたら、黒服の諜報部の兄ちゃん達が出て物凄く恐いことになってしまうのである。
「声が大きいよケンスケっ」
「周りにまで聞こえちゃうじゃないのっ。ここは第3新東京市じゃないのよ、ジオフロントなのっ」
 しーーーーん……。と一同の間に割って入る沈黙。
 しばしの後それなら、とケンスケが恨めしそうな目でシンジ達を見上げた。
「俺達も本部に連れてってくれよ。ミサトさんに頼んでさ」
「……悪い、シンジ。俺何か余計なコト言っちまったみたいだな」
 どうやらデュオとトロワの登場はそれ程タイミングの良いものでもなかった様だ。
 状況を見てデュオが頭を下げるのに、シンジは引きつった笑みを返すことしか出来なかった。







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