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「失楽園」

第四部...15
 最悪の事態はすぐに訪れた。
 ネルフ本部からの確認の結果、サンクキングダム側の異変が認められたのである。
「誰も通信に出ないばかりか、通信先自体が不明になっています。このパターンは第3新東京市側の異変後の反応、もしくは地上に確認に向かった調査員達のその後の反応に酷似しています」
 シゲルの言葉に、司令塔第一発令所オペレーター席のすぐ後ろで様子を伺っていたリリーナが顔色を変えた。
「それではこの第3新東京市同様、サンクキングダムでも」
「恐らくあちらでも消失現象が起こっていると推測されます。何らかの干渉があり通信出来ない場合であっても、こんな反応はまずないでしょうしね」
 ライトテーブル上に出現させたディスプレイにはずっと砂嵐が映っている。
 離れた位置に立つヒイロと五飛は無言のまま状況を静観し、けれどカトルは信じられない、と言う表情でシゲルの背後に立った。
「失礼ですが、あちらの席をお借りできますか? 貴方の席とシステムは同じですよね。それならコンピュータを使って……向こうには僕達の乗るモビルスーツがありますから、その通信機能とアクセスすれば本当に消失現象が起こっているのかどうかの確認になるかも知れません。あちらの在校生徒の中にはロームフェラ関係者の方も居ますから、最悪でもその女性のコンピュータに連絡を取れば……」
 発令所に三つあるオペレーター席は、今伊吹マヤ二尉の指定席だけが空いている。零号機の起動実験中に今回の緊急事態が起こった為、マヤと駆けつけた数人のスタッフだけがケイジ管制室に残り、もしもの時すぐに零号機が動かせる様にとレイをそのまま待機させているのだ。
 カトルが借りたいと頼んだのは 勿論その席のことである。
「そんなことは有り得ないとは思いますが、もしロームフェラによる攻撃が原因であればドロシーのコンピュータには絡がる筈ですね。でも彼女まで出ないとなれば……」
「やってみます」
 リリーナの不安げな言葉に短く言って、ミサトに簡単な了承を取った後カトルはマヤの席についてキーを弾く。
 恐らくカトルの世界と自分達の世界とではシステムが全く違っている筈なので、説明が必要かと思っていたシゲルとマコトは、その素早いキーパンチと処理能力とに内心驚嘆した。
 マヤが以前、あの子達がネルフに来てくれれば助かる、と軽口を叩いていたが、その筈だ。
 ほんの少し自分達の手元を眺めていただけで、初めて触れるコンピュータをこれ程迄に使いこなすとは。
 まず何もなかった空間にディスプレイを呼び出すと、続いてカトルはなめらかなタッチでキー操作を続ける。
 やがて入力を終えて手を止めると、途端光に縁取りされたディスプレイに砂嵐が走った。
 ……通信不能。
 それでもカトルは何か考え直す素振りを見せた後、先程とは違う速さでキーを叩いた。ドロシーの通信回路のパスワードをハッキングしているのだ。
 ようやく探り当てたパスワードを入力して通信回路を開いたカトルは、けれどディスプレイに映ったそれに小さく肩を落とす。
 そこには相変わらずの砂嵐が続いていた。
「……どうやら本当に何かが起こっている様だな」
「ヒイロ、貴方も見ていたでしょう。ノインさんやパーガンの個人回路にも繋がらなかったわ……失礼ですが葛城三佐、私をジオフロントの出入口に向かう場所まで送って戴けませんか」
「まさか、今からサンクキングダムに戻るおつもりですか?」
 驚いて尋ねるミサトに、リリーナはしっかり頷いてディスプレイ上の砂嵐を見つめる。
「ノインさん達にもしものことがあったかも知れないこの時に、私一人が安全な場所でのうのうとしている訳にはいきません。何も出来ないかも知れない、でもサンクキングダムに戻らなくては。あそこは私の王国なのですから」
「無茶だわ。幾らなんでも……第一サンクキングダムに戻るには第3新東京市を通る必要があるんですよ? その時点で無事に済むとは思えません」
「俺が行こう。ナタクが案じられる、そのついでにサンクキングダムの様子を伺ってくれば良いだろう」
「それなら俺が行く。ついでではなく、直接サンクキングダムを見て来よう。ここでのデータは十分集まった、もう留まる必要もないだろうしな」
「ち、ちょっと待ってよ貴方達っ。黙って聞いてれば皆で無茶苦茶言って……ここの責任者として、貴方達を死地に向かわせる様な真似は出来ないわ!」
 ミサトがとうとう敬語を切り捨て地のままの調子でストップを出すのに、カトルが慌ててマヤのオペレーター席から皆を見返る。
「それなら僕が行きます。ヒイロ、五飛、君達にはプリンセスをガードする役目がある筈だよ。違う?」
「違うな。お前達と違って、俺は自分の意思でここに来ただけだ。平和主義思想を守る為に来たと言うのなら、それは俺の考えと全く違っている」
「……カトル君にはまだ聞きたいことがあるの。エヴァの説明は終わったけど、今度は貴方達全員からガンダムについての説明を受けたいのよ。地上に行かれては困るわね」
 意外なところからのストップはリツコの事務的要因によるもの。
 けれどリツコのその理由の方がまだ良いのかも知れない、こう言った場面では。
 そう思って口をつぐもうとしたミサトの前で電話が鳴る。マコトが素早く脇にある机上電話に手を伸ばして応対、やがてそのコードレス片手にミサトを振り返った。
「葛城三佐、シンジ君達からです。本部に三名の部外者が入れないかどうか尋ねてきているんですが……どうしますか?」
「そ、その部外者ってもしかして、トウジ君達のことかしら……」
「はい。そうみたいですね」
「事情があるんならまだ良いけどそれもあんまり期待出来なさそうか……いいわ、どうせ重要区間には入れないだろうし、ついてすぐ部屋に通しちゃうってコトで通してあげて」
「ミサト? 甘いわよ、貴方」
 冷ややかなリツコの声に、ミサトは頭を抱えたい思いで声を絞り出す。
「しっかたないっしょ、その辺りに放り出しとく訳にもいかないし、どうせジオフロントに大量の一般市民が入り込んでる状況なのよ。いつここにも被害が及ぶか分からない現象が外では起こってるんだし、それこそ今更でしょ」
「ここしばらくはネルフ解禁デーが続きますね」
 などと思わず軽口を叩いたマコトに、ミサトの頭痛は更にひどくなる。
 そもそも今回の一般市民の受け入れについては、一度リツコと対立しているのだ。
 機密を守る為にも様子を見て出来る限りこのジオフロント付近に部外者を入れずにおくと言うのがリツコの意見で、悪く言えば見捨てたとも取れるその意見にミサトが強引に受け入れを決意したのがその原因。
 だがこの分ではしばらくリツコを納得させられそうにない。
「……とにかくシンジ君達が入ったらネルフ本部の出入りを禁止して。少しでもマトモな情報が入るまで誰もここから出す訳にはいかないわ。了承下さいね、皆さんも」
 無理やり言い切ったミサトは、けれどそんなこと位じゃ少しもじっとしていてくれなさそうな面々を見遣って溜め息をついた。
 全く、司令も副司令もうまい時に居なくなったものである。
 ややこしいことだけをこっちに押しつけといて……給料アップ申請じゃ済まないわよね、などと思ってしまった彼女を責められる人間は、多分この場には居なかったに違いない。






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